― 再会 ― 

 

 

「気付いてたんだ」
「はい」
静かに息を吐き出して、視線を机に落とした。
「ごめんね。俺のせいだって分かってるんだ」
「いえ、志島さんのせいだけじゃないんです。私も我侭だったから。彼氏が居るのに余所見しちゃって。 神様が教えてくれたんだと思うんです。彼氏をしっかり大切にしていないと、痛い目に遭うんだよって」
笑顔で言った言葉には強がりも含まれているのかな。
それでも志島さんに自分の気持ちは伝えておかないと。孝明が一番大切だって事を、ストレートは無理でも伝えなくちゃ。

会話がそこで途切れたのは何かの偶然なのかな。
志島さんの携帯が鳴り響いて、自然と会話がそこで終わる。
「もしもし。はい―――――」
電話の相手と話し込んでいる。今まで見せた事のないような表情で電話に集中している様子だった。
私は定時までの残り少ない時間で仕事を片付けなくちゃいけなくて、事務を黙々とこなした。 いつもなら電話で話しこむ事のない志島さんも、気付けば事務所を後にして応接室に移動して携帯で話し込んでいた。

定時になって慌ててタイムカードを切る。
パートの3人も仕事が少し遅くなって同じ時間になった。
「あらー優ちゃんと帰る時間が一緒になるなんて嬉しいわね」
「あらら、何か今日はいつもよりお洒落な服装ね」
更衣室でジーンズからワンピースに着替えた私を帰山さんと林さんはからかう。
「いや、仕事はいつもジーンズだけど普段はこんな感じで」
そんな空しい言い訳もオバさん2人のパワーを前にかき消された。
「彼ってどんな人?」
「えっと…普通の人です」
加賀田さんからのいきなりの質問に、心臓がバクリと大きな音を立てる。
着替えていた手を止め、視線をゆっくりと加賀田さんに向けた。 真っ直ぐに私を捕らえる視線は、表情が感じ取れない気がして背筋が寒くなるようだった。
「彼に会えるの嬉しい?」
「もちろん。大好きですから。じゃあ、お先に失礼します」
自信を持って答えた。そんな私を、加賀田さんはどんな目で見ていたのだろう。 慌てて更衣室を飛び出して会社を後にした。


孝明はマンションに居るだろう。連絡を入れようとバックの中の携帯を取り出そうとした時、後ろから肩を叩かれた。
「探し物?」
「え、なんで?」
久々の再会は可愛げのない一言と、呆気に取られた間抜け顔でのご対面。
「ビックリした?驚かせようと思って会社まで来ちゃった」
「ビックリだよ…メールくらいくれれば良いのに」
むくれた私を見て微笑む顔にとてつもない安心感と、照れて仕方がない気持ちが入り混じる。
「会いたかった。一秒でも早く優に会いたかったんだ」
涙が出そうになるくらい、胸の中を熱くする感情。孝明の手が私の手を掴んだ時、林さん・帰山さん・加賀田さんが会社から出て来て鉢合わせた。

「あらー優ちゃんの彼?ちょっと、良い男じゃないの!」
「いやー背も高いし、スーツ似合うじゃない。モデルみたいね」
けたたましく通りに響く声に、一度縮まった手と手の距離が再度広がる。
「あ、優がお世話になっています」
慌てた様子も見せず、礼儀正しく挨拶をする孝明が大人びて見えた。
「いえいえ、優ちゃんにお世話になってるのは私達よ」
「お世辞でもそう言って頂けると嬉しいです。優も皆さんのような人達に囲まれて働けて幸せですね」
サラリと笑顔で相手を褒める事が出来るのは営業マンだからなのかな。
会社に入って間もない頃は、林さん達と上手く馴染めなくて仕事の愚痴ばかりこぼしていたのに。 そんな私の状態を見ていたのに、笑顔で相手を褒めるなんて私には出来ないから。ある意味で尊敬出来る。

「あの…すいません。そろそろ失礼します」
やっとの思いで会話に割り込んだ。
「あら、優ちゃんごめんごめん。久々に彼と会ったんだからゆっくりしたいわよね。気遣いが足りなくてごめん」
「ゆっくりしてね」
林さんと帰山さんに肩をバシッと叩かれた。それでも二人は豪快に笑っている。オバさんパワー全開過ぎる…。
その場を笑顔で立ち去ろうとした私に、最後に声を掛けたのは加賀田さんだった。
「牧山さん、彼とお似合いだね。すごく似合ってる」
「ありがとう。嬉しい」
加賀田さんの言葉が本音かどうかは私には分からないけれど、それでもたった一つだけ気付いた事がある。 加賀田さんの笑顔が今までで一番優しかったという事。

3人が見えなくなってから手を繋いで歩く。
気恥ずかしさがなくなったのは、他でもなく林さん達のおかげ。会話も普通に出来るようになった。
「優、髪の毛伸びたね。前よりずっと似合うよ」
「そう?もっと伸ばそうかな」
嬉しくてどうしようもないくせに、強がって平静ぶった態度をしてしまう。素直に喜べたら良いのに。
「お腹空いたね。何か食べに行こうか?」
「ううん。今日は私が作る。スーパー寄って行かない?」
「え、大丈夫なの?」
「何が?何か不安でもあるの?」
ジロリと睨むと孝明は笑顔で誤魔化す。私が料理もできない人間だって知っているのだから当然の反応。
それでも孝明が日本を離れて2ヶ月、それなりに料理も出来るようになった。
人から見れば家庭料理の域を出ない程度の物しか作れないけれど、それ以上に背伸びしている余裕はない。 ちゃんと作れる料理を時間と共に徐々に増やしていく事しか、不器用な私には出来そうにないから。

唯一まともに作れる確率の高いカレイの煮付け、オクラの肉巻き、野菜サラダの材料を選ぶ。
「魚料理は嬉しいな。あっちで魚料理食べても油っぽいものとか、とても食べられないものばかりだったんだ。優の料理楽しみ」
「ちゃんと出来ると良いんだけど」
2人でスーパーの中で食材やオヤツを選んで歩く。そんな些細な事が嬉しい。
「重いでしょ」
食材やビールが入って重くなったカゴを、孝明が笑顔で持ってくれる。そんな当たり前の出来事の一部にも、一人で感激したりして。 何もかもが新鮮で、楽しくて、嬉しいと思える。
店を出てから孝明のマンションまで歩く道のりも、何だか明るく見える気さえした。

「ただいま」
誰も居ない部屋の玄関で孝明の声が響く。
「お邪魔します」
「優も『ただいま』で良いんじゃない?」
腕を掴まれた、と思った次の瞬間に背中に壁の感触がある。
驚く隙も与えられないままに唇が重なる。
手にしていた買い物袋が大きく音を立てて床に落ちた。
「会いたかった」
強く抱き締められて耳元で囁かれた言葉に嬉しさがこみ上げる。
「私も。寂しかった。寂しくて仕方がなかった」
やっと素直に言えた。その瞬間、自分の意識しないままに涙が溢れて止まらなくなる。
会いたくて仕方がなかった。会いたくて会いたくて、寂しくて苦しくて。そんな自分に嘘を付いて誤魔化して。 そんな強がりが今、やっと消えていった気がした。

「優」
耳元で聞こえる孝明の声。夢ではない現実。
バックの中で携帯が鳴っているのにも気付かぬまま、何度もキスを繰り返していた。互いの存在を確かめ合うように。
「もっとギュってして」
強がりで臆病で、卑怯な私。今だけ顔を出さないで。
今だけ素直に甘えていたいから。
この腕の中に包まれている時だけは、年齢さえも忘れさせて。

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