― 孤独な昼間 ― 

 

 

 

会社に行かなくなって1週間が経っていた。

送別会をしてあげるとの申し出も断った。どうせ空しくなるだけだから。

辞めたくて辞める訳じゃないのに、そんなの惨めになるだけだと思ったから。

実際、朝起きてから、時間に追われる事もない生活が始まっても、それが楽と

思う事なんて一度もない。

出かける用事もなければ、再就職に向けての活動をする気力もなかった。

 

夏樹くらいしか気兼ねなく愚痴れる相手もいなくて、リストラの事はすぐにメール

したって言うのに、健斗君と付き合う事になって浮かれている夏樹にとっては、

興味をそそる話ではないようで、適当な慰めの言葉を並べた返信がきただけ。

友達だったら電話くらいかけてくるもんじゃない?

湧き上がった怒りと疑問。でもぶつけたところで、夏樹には暖簾に腕押し状態。

これだから女の友情は安っぽいなんて言われるんだわ。

まあ…私も逆の立場だったら同じ事をしていると思うけれど。

心のどこかで、そんな夏樹を羨ましく思ったりもしている。

良いよね。30も目の前の私達。

職業も良くて、顔もそれなり。少し強引かな?と思えるくらい男らしい人をゲット。

このまま結婚までいっちゃう?みたいな勢いさえ感じる。

同じ年、同じ女、なのにこの違いは。なんな訳?

彼氏も居ない、仕事もない状態の完全に負け犬の私。

船を乗り換えるように新しい彼氏が出来て、仕事も安定している夏樹。

何が違う訳!と神様に恨みつらみ込めて叫んでやりたい気分にだってなる。

 

 

遅い朝食のためにキッチンに行ったのに、私の朝食なんて用意されていない。

そう言えば昨晩、お母さんが言ってたっけ。

『就職が決まるまで食事の準備お願いね』とか何とか。

まあ、簡単な朝食なんて作れるわ。これでも一応料理教室に通っていたし。

冷蔵庫を開け、中を見ても…どんな料理にして良いかなんて分からない。

沢山の食材がある。けれど、料理教室のように食材が準備されている訳もなく

数ある食材の中から選び出し、メニューを考えて料理する。

そんな簡単な事、出来て当たり前と言っても過言じゃないような事が出来ない。

テーブルに並べたいくつもの食材を前に溜息をつく。

「なにやってるんだろ…」

勝手に口をついて出てきた言葉。

誰に言うでもなく、自分自身に対して、ごくごく自然に出ていた。

 

仕事なんて面倒だし面白くもないし、お金だけ稼げれば良いなんて思っていた。

結婚したら辞めるから、それまで腰掛で居れば良いなんて、本気で思ってて。

けれど、今になって気付く。仕事をしている方が随分と楽しいと。

朝起きて、家族が仕事に向えば家に一人。会話をする相手もない孤独な空間

の中で一人、考えるのは食事のメニュー。そして時には買い物に行き?

天気を見て洗濯物を家に入れなくちゃ、と焦ってみたりするものなのかな?

それって何だか寂しいな、なんて今更考える。

 

化粧をしないままで良い気楽さもある。

けれど、朝早くからバタバタしながらでも、しっかり化粧して、服装も気を付け、

会社に行って仕事をしている方が随分と張り合いがある感じがした。

まあ、もう仕事もうしなってしまったから、それも無理な話なんだけど。

 

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『家にこもってるんじゃないかと思って。ご飯でもどう?』

夏樹から連絡が来たのは夕方になってから。

行くと返事をして、慌てて準備をする。家に居たから化粧すらしていなかった。

両親のご飯を準備して、シャワーを浴びて化粧して。

久々の駅は帰宅を急ぐ人で溢れている。そんな中、人の流れの中に身を置き、

それでも流れに乗れていないような感覚が自分を襲う。

 

「優、久しぶりー」

「久しぶり。あれ?夏樹綺麗になった感じだね」

お世辞じゃなく、数週間ぶりの夏樹は表情もいきいきとしていて綺麗になった。

「そう?やっぱり良い恋してるからね」

「はいはいご馳走様」

自信満々に答えられる程、高木健斗との恋愛が充実しているって事かな。

並べられた料理を前に、仕事での愚痴を散々しながら、マシンガントークして。

いつもは私の倍は話す夏樹を圧倒していた。

 

「ほんっとにムカつくと思わない?体で取り入っただけの仕事も出来ないような

女が残って、意欲はなくても仕事はちゃんとしていた私がクビになるなんて!」

ビールのジョッキを言葉の勢いと同じように、大きな音を立てながらテーブルの

上に置くと、正面に座った夏樹はあっけらかんとした顔で笑う。

「過ぎた事でくよくよしてどうすんの?会社がもし経営傾いて倒産してからよりも

今辞めれた事で退職金もしっかり出た訳でしょ?失業保険すぐ出るし。それに

何を言っても、負けた者は負けなんだよ。戦争に勝てなかった、ただそれだけ。

優も新しい仕事をさっさと見付けて、その女に心から『今の私勝ててるわ』って

胸張って言えるようになれば良いんだよ」

興奮し過ぎていた脳が、夏樹の言葉ですーっと冷えていく感じがした。

夏樹曰く、恋もしてない、仕事もない状態だから、何してもマイナス思考になる。

だから何かを始める良いチャンスだと考えを切り替えるべきだと。

確かにそうだな、なんて妙に頷けた。今まで歩き慣れた道から外れてしまって

少し焦りを感じただけかも。そして道案内をしてくれたのが、たまたま美咲で。

『こんな道を歩きたかったんじゃない!』と、慣れた道を歩けない事を悲観して。

夏樹が語る受け売りの言葉なのか、夏樹自身の考えなのか判断も付かない、

そんな綺麗な言葉や感性たちがすんなりと心に入ってきた。

 

料理をたいらげ、もう満腹。話もかれこれ2時間はした。

夏樹と会う前まであった心のモヤモヤは、かなり身を軽くしている。

「夏樹に話を聞いてもらえてスッキリした。よくよく考えれば会社を辞めた事で、

自分のスキル上げるチャンスかも知れないし。プラス思考で行こうと思うよ」

そう言った私を見て、夏樹は安心したような表情でにこりと笑う。

「そうそう、もし就職活動が上手く行かなかったら、この会社に連絡してみてよ。

志島賢吾って人に『沢山夏樹に紹介されて』って言ってくれれば、取りあえず

面接はしてくれるよ。まあ…あまり良い人だとは言い切れないけど、仕事では

良い仕事してるし、いつも私に『誰か仕事する人紹介してくれ』って言ってるし。

何でも事務員が長く続かないらしいの」

手渡されたメモに目を通す。会社名と電話番号、そして志島賢吾と言う名前が

書かれた紙。その時は、どうせすぐに仕事なんて決まると思っていたし、特別

気にしないままメモをしまった。

この一枚のメモが私の人生を大きく変える、いわば分岐点になるなんて。

この時はまだ気付いていなかった。

 

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