― 複雑な感情+α ― 

 

 

 

毎日のハローワーク通い。

数人の募集に対して殺到する応募者。受かるどころか、面接まで辿り着く方が

珍しいんじゃないの?なんてぼやきたくもなるくらい、面接も決まらないまま。

世の中の企業の大半は3月の決算を過ぎて、新たな年度からの売り上げへと

躍起になっている状態だったり、新入社員の教育に追われていたりして、皆が

忙しい時期…だよね。

 

『俺が本気の恋をさせてあげるよ』

そんな綺麗な言葉を与えてくれた坂田も、結局はあれから会っていない。

私に会いたいって何度も思ったとか言っておいて、自分から連絡してくる訳でも

ないし。たまにメールが来るくらい。

【仕事が忙しいくて毎日終電で帰宅。癒されたい】

こんなメールにどう返事しろって言うわけ?返事のしようがないでしょうに…。

私が癒してあげる、なんて返事書ける訳もないし。いや、書きたくもないけれど。

【新しい仕事は見付かりそう?決まったらお祝いしようね】

見付かりそうにもないし、決まりそうにもないから。お祝いはきっと遠い未来よ。

 

携帯電話を手にして、坂田から来ているメールを一つひとつチェックしながら、

全部に心の中で突っ込み入れてみる。相当な暇人だよね。

お誘いらしい内容もないし、恋愛感情を匂わせる感じもないし。

掴み所がないと言うか、何を考えているのか分からないと言うか。

結局は私が一つひとつの言葉におろおろしたりしている姿を見ながら、笑って

いるんじゃないの?なんて捻くれた考えまで顔を出し始める。

暇ってあまりあっても良くないんだな、なんてしみじみ思ったりする。

だって、普通に仕事していたら、自分だって日々の仕事の事やなんかで頭が

いっぱいになったりして、こんな下らない事ばかり考えたりしないし。

かと言って、この状況を打破出来るようなパワーもなかったりする。

仕事なんて簡単に見付かるに違いない、なんて信じていた私は現実が見えて

いなかったって事ね。

 

昼間の公園でぼーっとしていた。

ベンチに腰かけて周りの様子をただ眺めるだけ。

子連れのお母さんが数人2〜3才の子供を遊ばせている。母親達は私と同じ

年齢くらいかな。左手の薬指に光るリングが眩しく見えた。

陽の光を浴びているからじゃなくて、本当にきらきらしているように思えた。

そして、他のベンチには会社の休憩時間を利用してお弁当を食べているOL。

楽しそうに仕事の話をしている姿を見て、苦しくて仕方がなくなった。

働いている時は、そんな当たり前の光景に嫌気がさしたりしていたのに。

不思議とその光景がなくなって初めて、有り難い環境に身を置いていたんだと

知った。遅いけれどね。うん、かなり遅い。

 

「何やってんだろ」

声を出して、顔を上に向けた。日の光が眩しい。目を瞑って暖かさを感じる。

こんなに天気が良いのに。周囲はこんなにも平和な時間が流れているのに。

一人取り残された気分。社会の流れに乗れない自分に対する焦り。

罰なのかな。自分に与えられた環境が恵まれているって事も感じないままに、

甘えていた自分への罰。

仕事なんて、恋なんて、そう考えて甘えてばかりで。そう気付いても変えるとか

出来なくて。意固地な自分に嫌気がさす。けれど、どう変われば良いのかさえ

自分自身では分からないんだから。

 

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日曜。相変わらずやる事もなく一日を過していた。

夕方になって夕食の準備を終えて、一人でニュース番組を見ていた。

画面に映ったのは近場であった大きな事故のニュース。

大型トラックが乗用車に衝突したとかで、大破した車の映像が映し出された。

『幸い乗用車の2人は軽症で済み―――』

レポーターが懸命に事故の経緯を説明している時だった。

テロップで流れた怪我人の名前、それは美咲と人事部長の2人。

日曜に事故を起してしまった、と言うのはきっともう家族の元にも連絡が入って

いるに違いないだろうな。どうなるのかな?会社でも噂になるのは必至だね。

人を傷付けたら天罰が下るって事なのかな。

 

天罰―――か。

不倫って私もしていたんだよね。別れてから今になるまで、自分が勝博に愛人

扱いをされた事に対して恨みつらみを抱いてばかりいたな。

考えてみれば、勝博の奥さんの気持ちなんて考えた事ない。

美咲の事を最低だなんて口にしながら、立場こそ違っても同じ事をしていた。

子供の居た勝博の時間を自分のものにしたいとか考えてばかりだった。

それを奥さんや子供が知った時、どう思うかなんて考えてもみなかったな。

今、このニュースを見るまで、罪悪感を感じているふりをしておきながら、深く

考えた事もなかった。

どこまで子供だったんだろう。もう28才なのに。

そんな考えでブルーな気分全開の時、帰宅してきた母は明るい顔で突拍子も

ない事を言い出した。

 

「ほら優、この中から好きなの選んで」

紙袋からバサッと出て来たのは、誰がどう見てもお見合い写真。

「え?お母さん何これ?お見合いしろって事?冗談やめてよ」

「冗談なんかじゃないわよ。ほら、さっさと選びなさい」

毅然とした態度でとんでもない事を言っている自覚がないとばかりに、この人

収入が良いんだってとか、この人の顔素敵ね、なんてうきうきしている。

どう見ても30代半ばの人間ばかりで、ベタなスーツ姿にダサイ髪型のある種

『オヤジ』全開な写真を、次々を広げていく。

「ちょっと、どうして急にお見合いな訳?まだ28才だよ。結婚なんてこれから先

自分で恋してするし。お見合いなんてしないから!」

そう言うと母の表情から笑顔が消えた。

「恋?無職で家事も満足に出来ないすね齧りのくせに何言ってるの?再就職も

決まる様子だってないし、いつまで親に頼るつもりなの?お父さんだって来年

定年なのよ?お母さんだってね、三十路近い娘の面倒をいつまでも見れない」

今まで、そんな事を言った事のなかった母の気持ちが見えなかった。

 

ふーっと深い溜息をついて母がゆっくり話し出した。

後悔していると。中学・高校の時は部活とか塾通いをしていて忙しかったから、

大学に入ってからも勉強をしっかりして欲しいと思ったから、家事させたりとか

しないままだったと。

就職活動だって苦労しているのを知っていたから、無事に就職出来てからは、

早く仕事に慣れて欲しいと思って支えようと考えていたと。

家にお金を入れさせるような事をしなかったのは、自分でお金の使い方とか、

管理が出来るようになれば親の有り難味を感じ、自分から入れてくれるように

なるだろう、なんて期待していたと。

そのうちにそれが当たり前になっていて、甘やかすようになし崩しになる事にも

違和感を感じなくなっていたんだと。

その結果、失業して家に居るようになった娘の姿を見るようになって泣けたと。

家事も満足に出来ず、就職も決まらず、ただハローワークに行くだけの日々。

自分から何かを変えていこうという姿勢さえ見えない私を見て、育て方を少し

間違ったと気付いたらしい。

 

先日、友人の家に行ったら孫が遊びに来ている姿を見て焦りを感じたらしい。

22才でデキちゃって結婚した娘さんを見て、最初は『負け組ね』なんて思って

いた母が目の当たりにしたのは、家事も育児も完璧にこなしている姿で。

母に気遣い、お茶や茶菓子を出す時の礼儀までしっかり出来ている若き母。

学歴や仕事が全てじゃないと初めて実感させられたんだ、と母は語った。

「だからね、もう優の面倒を見るのはやめる事にしたわ。家に居たいなら仕事

決まるまでは家事はしっかりやってもらう。光熱費や食費も入れてもらうから」

笑顔でそう言い放ち、家計簿を差し出した。

 

ちょっと待ってよ…。感傷に浸りながら、過去の自分を見つめ直そうって気持ち

全部飛んでいきそうな程の、衝撃的な行動なんですけど。

 

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