― リストラ ― 

 

 

 

「牧山さん、ちょっと」

就業時間近くになって部長に呼ばれた。

うちの部署でのリストラも最後の一人を決定させるだけになっている。

最初にリストラが決まった2人は、もう1週間も前に会社に出て来なくなっていた。

他の部署でもリストラが完了していて、あとはたった一人。

社内で最後のリストラ候補が誰かと噂が飛び交う毎日だった。

 

応接室に入ると、既に人事部長が座っていた。

目に前に沢山のファイルが広げられている。そこには私の入社時の履歴書や、

査定の時の提出書類などが並べられている。

喉の奥でゴクリと音が立つ。

最後のリストラ候補は、間違いなく私だ。

 

 

「牧山さん、年齢は?」

「28才です。今年で29才になります」

答えてもそれで話が続くでもなく、人事部長の視線は書類に落ちたままだ。

「そろそろ結婚とか考える年齢だよね?」

「今は考えていません」

相変わらず視線を落とし、他人事のようにふーんと曖昧な返事をしている。

普通に考えて、その質問はハラスメント。もちろん、この場でそんな事を言える

勇気なんてこれっぽっちもないけれど。

「我が社の経営が外資の親会社の指導で人員削減をしなくてはいけないのは、

もうとっくに知っていると思うけど」

「はい、知っています」

「あと1名のリストラが必要なのは?」

「知っています」

嫌な沈黙が続く。それはきっと数秒。

けれど私には何時間もあるようにさえ感じる。重い空間、苦しい時間。

 

「君もそろそろ結婚や出産なんかを考える年齢になっているだろうしどうだろ?

我が社のような経営の傾いている会社に長くいるよりも、結婚を考えてみたり、

たくさんの資格を持っているようだし。自分の実力を出せる場所を求めては?」

完全にリストラされるんだと思うと、悲しいとか悔しいとか通り越して笑える。

「はっきりおっしゃらないんですね。君をリストラしますとは」

「言って構わないなら言うけど。自尊心を重んじているつもりだが?」

勝ち誇ったような表情で一瞬こちらに視線を送り、含み笑いをしながら逸らす。

その不躾な態度にかちんときた。

頭の中でぐるぐる巡る不満が一気に爆発する何かを感じる。

切れる、とでも言うのかな。何かが噴出すような、頭の奥の痺れに似た感覚。

「私よりも仕事が出来なくて、皆の足を引っ張っている人間が居るのに、リストラ

候補にならないのは、やっぱり人事部長にとって『可愛い』からですよね?」

自分の立場が不利になるのなんて十分分かりきっていた。

けれど勝てない。だったら最後まで牙をむいてやろうと思った。

それが私に出来る唯一の事。自分の自尊心を守るための盾だから。

 

「どう言う意味だね」

怪訝な顔がこちらを向いて、書類に落としていた視線が上がる。

神経質そうな鋭い目付きが私を捕らえている。

その表情を見て、尚更バカバカしくなった。

「どうもこうも。言葉のままですけど?仕事の出来る出来ないなんて無視して、

自分の都合の良い人事しかしない。それがこの会社を立て直すための決定と

おっしゃるつもりですか?リストラをお受けするのは構いません。けれど、結果

として噂の的になるのは人事部長、あなたですよ」

苛立ちを含んだ視線。負けじと目線を逸らさなかった。

それどころか、半分バカにしたような表情を作ってやった。

次の瞬間、手に持っていた書類をバサッと音を立ててテーブルに叩きつける。

「じゃあ、リストラを受け入れるという事で。明日までに退職願いを出すように」

見下したように言う様に苛立ちがピークに達した。

どこまで…どこまでバカにされなければいけないの?

 

「退職願いなんて出しません。自己都合での退職じゃありませんから。今回は

リストラでの退職です。自己都合の退職となれば不利になるのはこちらですし。

書類を揃えるのは私ではなく、会社側なのでは?」

リストラの噂が立ち始めて、もしかしたら美咲ではなく、自分が切られるかもと

考えるようになってから色々と調べていた。

退職願いなんて出してしまえば、自己都合での退職扱いになってしまう。

そうなれば会社としては面倒な事は一切ない訳で。

失業保険や退職金の面で不利益を被るのは切られる側になってしまうから。

もう一歩も譲れない。

怪訝な顔をした人事部長に笑顔で一礼し、応接室を後にした。

 

 

「牧山さん、どうだった?」

数人の営業に取り囲まれて、やっと現実が押し寄せてきた感じがした。

「リストラになりました。残念です」

言葉と同時に涙がこぼれ落ちた。もう、この会社に居られないんだという現実。

それはあまりに呆気なくて。

もちろん仕事が好きだった訳ではない。やる気があったとも言えない。

けれど、女を武器にして生き残ろうとした美咲という存在が許せなかった。

「どうして優ちゃんなんだ」

「リストラするなら牧山さんよりカメ子だろ?」

なんて営業が口々に言ってくれていたけれど、もう決定事項なんだよね。

結局、私は仕事も出来ない、女を武器にしてしか這い上がれないような最低な

女にさえも勝てなかった、ただの負け犬。

どう足掻いて、愚痴っても負けは負けなんだよね。本当、惨め。

 

 

「優、大丈夫?」

更衣室で知美が話し掛けてきた。

結婚が決まり早期退職に名乗りを上げた智美。そして無残にリストラされた私。

話し掛けて欲しい心境じゃないのが正直なところ。

それでも笑顔で接しなければいけないのが社会人…なんだよね。

「大丈夫じゃないけど…仕方がないよ」

「優が切られるなんて、絶対におかしい。会社に掛け合うとかしてみたら?」

「もう良いよ。所詮、体を武器にした女には勝てないって事だよね」

苦笑いとともに、悔し紛れの愚痴が顔を出す。

私には武器にするものさえなかっただけなのに。

 

「別に体を武器になんてしてませんけど?牧山先輩の被害妄想で悪者扱いされ

ても迷惑なんですけど」

更衣室に居ると思っていなかった美咲がひょこっと顔を出し、バカにした表情で

にこりと微笑んだ。

「へー。もう社内で有名だけど?誰かさんが人事部長とホテルに入ったところを

見た人も数人いるようだけど」

「勘違いじゃないです?私、そんな卑怯なことなんてしてませんし」

今までのトロい美咲と違う表情で、食い下がった智美を嘲笑うような顔をした。

色々あり過ぎて心労たっぷりの私の脳がおかしな信号を放つ。

もう限界。ストレスも我慢も。でも、正論で勝たなきゃ意味がない。

それが私のプライド。ちっぽけな、石ころのような砦。

 

「なんかさ、美咲勘違いしてない?さっきから私も智美も、美咲の名前を出して

ないけど?『体を武器にした女』と『誰かさん』とは言ったけど。美咲の事だって、

一度でも言ったっけ?どうしたの、動揺しちゃって」

しまったと言う表情を見せて「別に」と言いながら視線を外した。

「やましい事でもあった?その『体を武器にした女』も『誰かさん』も、例え会社に

残れたとしても不名誉な噂がついて回るけどね。『体つかって残った女』ってね」

もう勝てない私が最後に出来る抵抗は、こんな惨めなものが限界だった。

本当、泣くに泣けない無様な私。

彼氏も仕事も失くして、残ったのは計り知れない不安だけ。

恋も仕事も失って、私の人生は『負け組』に向ってまっしぐらよ。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――― 

NEXT→ 2章03

BACK→ 2章01

TOPページへ

ネット小説ランキング>現代・恋愛 シリアス>負け組にむかってに投票

ランキングに参加しています。応援お願いします。

 

 

inserted by FC2 system