― エンドレスループ ― 

 

 

 

「それ間違いなく恋だよ!」

興奮気味の夏樹が大声で言った。

「そうなのかなー。でも坂田くんを好きになっても幸せになんてなれないってさ、

自分でも理解出来てるんだよ?」

「それでも正反対に心が揺れ動くのが恋なんじゃん。恋って理屈じゃないって

一番良く理解できているのは優でしょ」

興奮冷めずに話し続ける夏樹は、喉の渇きを潤すようにアイスコーヒーを勢い

よく飲んでいる。私より興奮している夏樹を見て、少しだけ冷静になっていく。

恋は理屈じゃない。

それは勝博との恋愛で痛いほど理解できているつもり。

好きで不倫関係になった訳じゃない。出来れば一番に愛される存在になりたい、

そう願った気持ちに嘘はない。それでもそれが許されない立場ならせめて傍に

居られる存在であれば良い。ただそう願った。

頭の中で不倫が最低な事だって十分過ぎるほど分かっていたのに。

自分がしている事が最低な事だと分かりながらも、自分の気持ちを抑えられず

結果としてボロボロになって。最初からそうなると分かっていながら、その道を

進むしか出来ないくらい、恋は理屈じゃ片付けられないくらいのパワーがある。

 

「私もね、健斗くんと付き合おうと思ってる」

彼氏のいる夏樹が悪びれる様子もなく口にした。

「え…ちょっと、彼氏どうするの?」

「高貴も最近様子がおかしいの。どうも付き合いで参加した合コンで知り合った

女の子と連絡取ってるみたいでさ。この前、携帯を勝手に見たらデートの約束を

したりしてた。勝手に携帯見たのは悪いなって思うし、同じ事をしてるんだけどさ、

結局は2人とも気持ちがよそに向いちゃったんだし。別れ時でしょ」

 

男は情に依存するんだと夏樹の自論を聞かされた。

男は帰る居場所を求めている生き物で、一度その居場所を見つけてしまえば、

安心してしまうとか。だからよそ見したり浮気をしたりする。それでも帰る場所が

あるから大丈夫だと自分に言い聞かせながら『狩り』を繰り返すと。

だけど、女は違う次元で恋をする。

情よりも自分の感情を優先していく生き物だと。

情に左右されながらも、自分の中にある感情を押し込めておけないのが女。

そして、男のように2人同時になんて出来ないのも女。

うわべだけそれが出来ても、心がどちらかを拒絶してしまうんだと。

「だから、私は4年の歳月を過した高貴よりも、自分の気持ちが向いている方に

進もうと思うんだよね。健斗くんにも彼氏がいるって素直に話した。『別れて俺の

所に来いよ』って言ってくれたの。だから、高貴と別れるわ」

そう言った夏樹の前向きさや素直さが羨ましかった。

30才まで時間はさほどない今の自分達の状態を考えれば、大手で働く美形の、

いかにも女にモテますって男の元に行く勇気、私には持てそうにないから。

 

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その日は朝から会社が騒然としていた。

「おはよう。何かあったの?」

隣の席の智美に声を掛けると、智美はそっと耳打ちをしてきた。

「親会社が外資になったでしょ?それで経営の見直しをするとかで、リストラを

決行するらしいの。何でも会社全体で70人も解雇するらしくて皆大騒ぎなのよ。

うちの部署からも5名の早期退職を募るらしいわ。それで決まらなきゃリストラ」

自分達の立場が危うい状態だって言うのに、智美は慌てるでもない。

その様子が奇妙だった。

「自分達も危ないじゃん。なんで智美はそんなに平気そうなの?」

聞いた私に向って智美は左手に光る指輪を見せた。

キラキラ輝くダイヤの指輪。それは結婚が決まったと無言で伝えてくれる。

「親会社が外資になった時点で危ないのは目に見えてて、彼に相談してたの。

会社解雇になったらどうしようって。そしたらプロポーズされた。そんな会社は

辞めて俺のところに来いって」

遠距離恋愛の智美が結婚を決意したと言うことは、彼の元に行くという事。

「そんな…智美が辞めちゃうなんて寂しいよ」

「幸せになれって笑ってくれなきゃでしょ。早期退職に名乗り出る。それで一人

解雇される人間が減るでしょ。事務員が一人減れば、他の事務員の解雇が

されないかも知れないでしょ?」

幸せそうに微笑む知美の笑顔が、私に向けられたものか、知美自身のためか

分からないけれど、目の前にある現実が深刻なんだなって改めて思った。

 

仕事なんて好きじゃない

結婚して早く仕事を辞めてしまいたい

所詮腰掛程度

 

そんな風にしか仕事に対して考えた事はなかった。

でもそれは幸治という存在がいつも近くにあって、当然のように結婚するんだと

思っていたから。けれど、今の私にその安心と安定を与えてくれるような存在は

もうなくて。その上、仕事まで失ってしまったら、そう考えると恐くなる。

20数人しかいない部署で、あと4人も解雇されるだなんて。

もしかしたらその中に自分が入るかも知れない、そう思うと恐い。

智美が辞めても事務員は3人残る。きっと…事務員の数はまだ減らされるはず。

入社して3年の「カメ子」とあだ名が付くくらいトロイ美咲。

入社して6年の私。

社長の親友の娘で、コネで入社している琴音。

絶対に解雇されないのは琴音で、候補に挙がるのが美咲と私なのは明白で。

 

「大丈夫、もう一人切られるとしたらカメ子に決まってるじゃん」

智美が笑顔でそう言ってくれる事だけが救いだった。仕事に対して前向きじゃ

なかった私でも、カメ子と呼ばれる美咲よりはずっとマシな仕事をしていたと、

少なくとも思えるから。

女と女の生き残りをかけた戦いの汚さが、どんなものかなんて考えてもみない

私の目の前に突きつけられるものが、あまりに理不尽である事。

勝者になるためには汚いやり方をする人間なんて多くいるんだって現実が、

本当にすぐ目の前に来ているなんて気付きもしなかった。

それだけ、私は平和ボケした、自分を過剰評価した最低な人間だったのかも。

全てを失う時限爆弾が、今まさに破裂する瞬間だったのかも知れない。

 

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