― 時限爆弾、目の前に ― 

 

 

 

「そっか、別れちゃったんだ。救いなのは30過ぎてからじゃなかった事だね」

夏樹は笑うでも、同情するでもなく冷静に答えた。

「でも、今から恋してって気分にもすぐにはなれないし。恋してから結婚となれば

30は過ぎちゃうでしょ。それって結局は負け組だよね」

「そっかな?20代で結婚しても、夫がダメ男でギャンブルに走ったりして借金苦、

もしくは浮気を繰り返されて心がボロボロ、夫が結婚してからロリータ趣味ある

ことに気付くより、30過ぎてから真面目な人と楽しく暮らせたら良いと思うよ」

負け組って言葉に人一倍敏感だった夏樹が余裕ある発言。

それって、結局は高木健斗との関係が上手くいきそうだって事を表している。

「優も新しい恋をすれば?幸治くんともし復縁出来たとして幸せ?違うよね?

一度壊れた関係はなかなか修復出来ない。だったら、もっと心ときめくような

新しい恋をしてみるのも良いじゃん。20代最後の恋」

20代最後の恋―――か。勝博と付き合っていた頃のように、誰かを想いながら

胸を焦す事なんて、これからもあったりするのかな?

幸治と過した時間のような、安心感や居心地の良さを感じられる人に出会える?

どちらも無理な気がしてならない。

 

「よーし、優のために合コンをセッティングするかー!」

喫茶店に響き渡るような夏樹の声に客の視線が集まり、恥ずかしさでいっぱい。

「ちょっと、声大きい!それに合コンなんて…」

「幸治くんの時だってそう言って、ちゃんと恋が始まったじゃん?昔も言ったけど

出会いなんてその辺に転がっているような物じゃないの。もし簡単に手に入る、

そんな恋なら手を放れて行くのだって簡単なんだよ」

夏樹の言葉に胸がドキリとした。

簡単に手に入った恋、けれど成就させられなかった勝博の顔が過ぎる。

「そう…かな」

「そうだよ。昔ね、職場の先輩に言われた事があるの。価値ある男が欲しければ

自分が価値ある女でなきゃ意味がないって。10,000円の服が欲しかったとして、

財布の中には100円しか入っていなければ買う事は出来ない、それと同じだって。

10,000円の男が欲しければ自分も10,000円の価値にならなきゃ歪が出ちゃうって」

夏樹の受け売りの言葉は本当に的を得ていた。

私は…しっかり者の幸治に見合うような部分、もしかしたらなかったのかも。

お金を使って見た目だけ綺麗に着飾って、中身の成長なんてまるでなかった。

幸治に安定を求めるばかりで受身でしかなくて。それって相手の価値に依存して

自分の価値と割前勘定でお願いします!と言い放つに等しい。

 

散々、女同士で恋愛について語り合い、幸治との事での愚痴やらを吐き出す。

誰かにこうやって本音を言えたのは、ここ何年もなかった事のような気がする。

年を重ねるごとに、自分の弱みや格好悪い様は人に見せたくなくなる。

奇麗事を口にしながら、自分は平気だと言い聞かせるようになる。それでも、

時には弱音を吐く必要があるんだ、なんて思ってしまう程、心が軽くなっている。

「じゃーセッティングはこっちで勝手にするからね」

帰り際、駅で改札を抜けると夏樹は言った。

ずる賢そうな笑顔をして、可愛らしくウィンクしている。どうなるやら…。

 

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夏樹が一緒に食事に行こうと誘って来たのは、それから1週間経った週末だった。

待ち合わせ場所に着くと、夏樹から10分程遅れるとメールが入る。

道が混んでいてタクシーが進まない状態らしい。

待ち合わせ場所の駅前近くの大きな公園で、足早に待ち行く人達を眺めていた。

「お久しぶり」

肩を叩かれて振り返ると、そこには坂田孝明が立っていた。

「え…何でここに?」

この前のホテルで目覚めた事が、走馬灯のように一気に頭の中をめぐり始める。

「何でって、今日一緒に飯行くからじゃん」

「え?誰と?」

「優ちゃんと俺に決まってるでしょ」

ベンチに腰掛けたままの私の手を掴む。一気に体を引かれ立たされてしまう。

「よし、行こうか」

「待ってよ。私は夏樹と待ち合わせしてるんだよ?」

「夏樹ちゃんなら来ないよ。夏樹ちゃんは今頃、健斗とデートしてるはずだよ」

さわやかな笑顔を向け、だから行くよと手を引く。

 

停車してあった坂田の車の助手席に乗るように言われる。

「ちょっと…待って、私行きたくないよ」

そう突き放すような言葉を言ったのに、満面の笑みで。

「そうやって逃げてたら、失恋の痛みから逃れるどころか新しい出会いもないよ」

「別に…坂田くんに癒してもらおうなんて思ってないけど」

「そう?俺なら優ちゃんに刺激的な感情与えてあげられるけど?」

勝ち誇ったような顔で抱き寄せるように体を密着させ、腰に手を回される。

一気に顔が赤面していくのを感じる。

そんな私を見て、勝ち誇ったような顔で再度車に乗るように言われた。

「乗らなきゃここで熱烈なキスをしちゃうけど?こんな人通りの多い場所でする?」

「分かったわよ!乗れば良いんでしょ」

怒っている私を見て、楽しそうに、そして不敵に微笑んで運転席に回った。

「楽しませてくれなかったら…恨むから」

「了解、お姫様」

燦々と太陽の光を浴びた横顔、綺麗だなとか思って見てしまう。

綺麗な顔立ち。そして行動的で掴み所がない感じで。心の中で警報が鳴るのに、

今日だけ…なんて自分に言い聞かせたりしている。

 

「俺、軽そうに見えるじゃん?」

走り出した車の中、突然坂田が口を開く。素直に頷いてしまいたい。

「どうかな。美形で話が上手いから、モテるんだろうなって思うけど」

軽そうに見えるという言葉に大いに同意したかったけれど、言葉を軽く濁して、

大き目のオブラートに包んだように、やんわりと言ってみた。

「これでいて結構真面目なんだけどな。この前、優ちゃんとホテルに行った日も

何もしてないくらいだってのに」

「え…?」

何もしてない…の?記憶が抜け落ちた私には、何かあったのかなかったのかも

分からない状態でモヤモヤしていた。ううん、何かあったとしか思えなかった。

驚いた私の顔を見て、坂田はにやりと笑う。

「何かあったと思った?首につけたキスマーク見て、自分がどんな事したのかを

ずっと気にしてた感じ?まー色々あったけど、手は出してないよ」

さも可笑しいと言わんばかりに笑いながら言われ、返事を出来なかった。

 

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