― 幸治との別れまで ― 

 

 

 

映画好きな私と幸治は、それから月に2回は2人で映画を見るようになった。

彼女の居ない幸治と、彼氏の居ない私。

1人で映画を見るよりも、2人の方が楽しいに決まっている。

いつも映画館の前で待ち合わせして、映画が終われば食事をしてさよならする。

本当、ただの友達って感じの付き合い方だった。

 

「映画の後優ちゃん用事あったりする?」

「ないよ。用事なんて入るように見える?」

笑顔を向けて笑い飛ばす。幸治は安心したような顔で話を切り出した。

「今日、映画が終わったら2人で出掛けない?少し遠いんだけどさ」

「え?どこに行くの?」

私の質問に笑顔で「内緒」と答える。どうせ…時間だけはあまる程ある。

楽しさを共有できる友人も減ってきている。一緒に居て安心出来る幸治となら、

出掛けても大丈夫だよね。そう考えて、出掛ける事を了承していた。

 

映画が終わってから向った先は海。

夕暮れの海を見ながら2人無言のまま。一体どんなつもりでここに来たのかな。

そんな疑問が頭の中を巡っていると幸治は私の顔を見て話し出した。

「たまにこの場所に来たくなる事があるんだ。でも1人で来るのはちょっと嫌で。

優ちゃんと来たいなって思った」

「そっか。でもありがとう。こんな綺麗な夕日、久しぶりに見た気がする」

顔を見つめられたままで、鼓動が速くなるのを感じる。

「前に付き合っていた人とはデートで海に来たりしなかった?」

「なかったな。終わりの1年くらいは会う事もあまりなかったし」

胸の中がかき乱されるような気がした。勝博の顔が頭の中を通り過ぎていく。

思い出したくない記憶たちが、はらはらと舞い散る雪のように降って湧いてくる。

「ごめん。思い出したくない事に触れちゃってるよね」

幸治が笑顔を向けた時、自然と涙が溢れてくる。気付かれたくなくて堪えても、

今にも落ちてしまいそうな涙。

 

「優ちゃんごめん。触れたくない思い出に触れちゃったかな?ごめん」

幸治の腕に包み込まれる。ぎゅっと抱き締められて驚くと同時に涙がこぼれる。

必死で堪えていた涙が、止め処なく溢れて落ちていく。

「私が…バカだったんだ。辛い恋になるって分かっていたのに、好きな気持ちを

抑えられなかったから」

「もう良いよ。気が済むまで泣いても良い。でも…優ちゃんの辛い気持ちを俺が

救ってあげられないかな?傍に居たい。優ちゃんの近くに居たいんだ」

優しい幸治。その優しさに居心地の良さを感じてしまう。

私を抱き締める腕さえ、力を込められず、恐る恐るという印象さえ与える人。

その優しさに縋り付きたくなる。

 

「私…寂しがり屋だよ?勝手で我侭言うよ」

「そんな普段の優ちゃんから想像つかないような表情も見せて」

見詰め合い、頬を伝う涙を幸治がふき取ってくれる。そのまま視線を外せない。

そのまま唇が触れる。優しいキスに眩暈がしそう。

勝博と付き合っていた時のような、互いを求めるためだけのキスと違っていて。

幸治の優しさや、戸惑いとか、そんな感情を全部含んだようなキス。

こんな風に恋が始まっても良いのかも、なんて考えてしまった自分がいた。

その日は結局2人帰らなかった。帰りたくないと言ったのは私。1人になるのが

本当に苦痛で、幸治と一緒に居たいと素直に思った。

2人泊まったホテルでも何もなくて。それがまた新鮮さを覚える。幸治は真面目。

すごく人との関係を丁寧に進めるタイプ。恋愛もそうに違いない。

この人とならゆっくりと恋が出来る。そう思える人、そんな性格。

この人の傍に居られたら、勝博との付き合いで出来た傷が癒えていくはず。

 

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「幸治くんって本当に優の事が好きなんだね」

付き合い始めて半年が過ぎた頃、久々に遊んだ夏樹がしみじみと言い出した。

出会うきっかけの合コンで一緒だった男友達から、幸治が私と付き合ってから

すごく楽しそうにしていると聞かされたらしい。

「そうなのかな?でも、凄く大切にしてもらっている感じがする」

「はいはい。ご馳走様!でも良かったね。勝博さんとの付き合いの傷も彼なら

癒してくれるんじゃない?幸治くんならきっと大切にしてくれるでしょ」

本当、夏樹の言葉の通りだった。幸治はいつも優しさを与えてくれる。

私の気持ちを最優先してくれる。どんなに仕事が忙しい時も、会いたいと言えば

会うための時間を作ってくれた。それに堂々と手を繋いでデートが出来る事は、

私にとって凄く嬉しい事だった。隠れて付き合わなければいけない訳じゃない。

胸を張って彼氏、彼女と周りに紹介出来る関係の大きさを実感するばかりで。

 

そうやって平凡で幸せな時間を過していく中、少しだけ物足りなさを感じたりも

しなくはなかった。幸治はギャンブルもタバコも、そしてお酒も飲まない。

お酒はデートの時に少しだけ飲む事はあっても、家で飲んだりする事はない。

本当に平凡な人で、その平凡さに物足りなさを感じたりするのは事実。

ちょっとした心くすぐるようなドキドキとかがない。

優しくて、真面目で純粋。それだけが取り得の人。けれどそれが一番だと思う。

人を裏切るような人は傷付くだけ。面白みに欠けても良い、幸せを与えくれる

そんな存在を手放したくなかった。一人になんてなりたくないから。

孤独を味わうのは嫌。何年も孤独を感じながらの恋しか出来なかったから、

孤独が心を蝕む物だと言うのは嫌と言うほど知っている。

幸治を繋ぎとめておきたくて、美容室に通うのも、エステに通うのも楽しかった。

綺麗でいれば離れていかないと思った。料理が出来れば喜んでくれると思った。

そういう努力の積み重ねが彼を喜ばせると考えていたから。

 

 

けれど、結局はその努力も空しく終わったんだよね。

お金の使い方とか、きっと気に入らなかったのかな、なんて今更になって思う。

幸治は計画的にお金を使う人だったから。私のようにエステに通ったりする事、

理解出来なかったのかも知れない。

化粧品も、服も、バックも、ブランドで固めている私をどう見ていたんだろう?

そう言えば一度だけ「一緒に暮らしてみる?」って聞かれた事があった。

貯金を増やしたかった時期だったし、仕事も忙しい時期で、家事をするなんて

考えられなくて断った。もう少し経ってからにしようと。

一緒に暮らせば家賃とか光熱費とか食費とか、今までになかったお金が掛かる。

好きな人と一緒に居られる幸せは手に入れられるけど、一人の時間が減る。

どんなに好きでも一緒に居れば粗が見えてきて、好きの度合いが減っていくと

そう思っていたのも大きかった。

洗濯もまともにした事がないのに、2人分の洗濯を定期的にしていくだなんて、

正直苦痛でしかなかったのも事実。

 

今になって幸治の言葉の意味が理解出来るようになってきた。

本当、今更。幸治はもしかしたら一緒に暮らしたくて仕方がなかったのかな。

一緒に居たいと本気で強く思っていたのかも知れない。それを断られた事って

私が勝博との付き合いで受けた傷と同じなのかも。

『自分は一番に愛してもらえていない』そんな気持ちを持たせたのかな。

幸治に愛を与えて欲しいと願ったように、幸治も愛されたいと願っていたのかも。

そんな事、フラれて初めて考えるようになった。

知らず知らずに人を傷付けていたのかな。そんな事を考えてもみなかった私は、

『最低な女』でしかないよね。

自分の愛されたい感情しか相手に向けないような人間になっていた。

それって、私が憎んだ勝博と全く同じ事をしていたんだ。今更…だよね。

 

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