― 終わりって… ― 

 

 

 

程よく調整された照明、流れるクラシックミュージック。

木目調の大きなテーブルに座り心地の良いイス。

幸治が指定してきたレストランはとてもお洒落で雰囲気も良いお店だった。

『待ち合わせギリギリまで用事があるから先に店で待ってて』

お昼頃にメールをもらって、指定の時間10分前に店に着いたけれど、

幸治はまだ店には着いていないようで、一人で予約されていた席に通される。

 

周りの席には上品そうな恋人同士や、プチセレブな雰囲気の漂う中年女性。

こんな雰囲気の良い店でデートなんて、今日と言う日がやっぱり大きな意味の

ある1日になるんだろうな、なんて一人でぼんやりと考えていた。

待ち合わせの時間丁度に、幸治が店にやってきて席に通される。

「待たせちゃったね」

シワもなく整ったYシャツの襟元を見て、几帳面さを感じずにはいられない。

「ううん。そんなに待ってないよ」

「そう、良かった。この店、すごく良いでしょ?」

嬉しそうに笑いながらワインを選んで注文してくれる。

幸治は几帳面で真面目で、男らしくいつも私をエスコートしてくれる。

ギャンブルもタバコも手を出さない、本当に真面目な男。

 

「ここの子羊のソテーが美味しいらしいんだ。羊の肉苦手じゃないよね?」

「大丈夫、お腹が空いているから今から楽しみ」

運ばれてくる前菜を楽しみながら、幸治の仕事の話を聞いていた。

「新商品の売れ行きが良くて、工場での生産が追いつかないんだ。納品数が

なかなか確保できなくて、取引先に頭を下げにいく日が続いてる。この不景気に

嬉しい話ではあるんだけど、頭を下げ続けるのも疲れるよ」

「そんなに売れる商品って滅多に出ないから良い事でしょ。本当に美味しいし」

「もう食べてくれたんだ。やっぱり人の感想聞くのって嬉しいよ」

幸治が笑った。幸治の会社で出される新商品はほとんど食べている。

デートの時の話題にもなるし、何より幸治が喜んでくれるから。

それから出てくる料理の話をしたり、最近のお互いの仕事に関して話したり。

私の場合は特別仕事に関して話す事なんてないけれど。

 

一通りの食事が終わって幸治がもう一軒行かないかと誘ってきた。

「次はどこに行く?」

「ショットバーに行こう」

タクシーに乗って着いたのは、さっきまで食事をしていたもの静かで落ち着いた

雰囲気がある店とは違う、人で賑わうビルの前だった。

「ここのショットバー、前から来てみたかったんだ」

無邪気に笑う顔を見て、意外な一面を見たような気がした。

2人でデートをするのはいつも落ち着いた店が多かったから。

地下に続く階段を降りて木目調の大きなドアを開けると、そこには沢山の人。

賑わいを見せるバーで、飲み物を頼んでカウンターの端に腰掛けた。

バーテン数人が忙しなくお酒を作る姿を見ながら、幸治からの言葉を待っていた。

 

「優、付き合った頃によく話した約束覚えてる?」

グラスを置いて、視線をグラスに落としたまま呟くように幸治が言った。

きた、ついにきた。とうとうプロポーズ?

もしかしてグラスを空けたら、中にダイヤのついた指輪が入っているとか?

頭の中を暴走する妄想を落ち着かせ、惚けたように聞き返す。

「約束?えっと…沢山したからなぁ」

「2年経ったら結婚しようって話したの覚えてる?」

目を見つめられ、言葉に詰まった。ストレートな言葉にどう反応すれば良いかな。

「よく…話したよね」

「あと少しで、優と付き合って2年になる。男としてちゃんとケジメをつけようと思う」

どきりとするくらいの真剣な目。幸治を見てこんなにときめいた事初めてかも。

「ケジメ?」

「うん、男としてちゃんと言わなくちゃ。2年を迎える前に」

そう言うと深呼吸をして、まっすぐに私の目を見た。

 

「俺達、別れよう。会うのは今日で最後にしよう」

え…今なんて言ったの?もしかして…オロオロさせてからプロポーズに持ち込む

ツンデレ作戦?いや…幸治に限ってそれはないよね。

「え?わ…かれる?」

「そう、別れよう。2年を迎える前にケジメ付けたかった。もう付き合っていけない」

絶句って今のこの状況を表現するのにピッタリすぎる言葉。本当、人って驚くと

言葉も見付けられない。だって、別れたいと言われるような理由が見付からない。

先週の坂田との事がバレた?まさか…知っているのは夏樹だけだし。

「どうして?理由を言って」

そう言うのが精一杯で、震える手を止める事すら出来ないまま、大地震のように

ぐらぐら揺れる心と、思考回路が止まりそうな頭で精一杯の状態だった。

 

幸治は私の目を見つめたまま、真顔でゆっくりと話し始めた。

「28才になってから真剣に将来について考えるようになった。結婚、子供、家。

色々と夢が膨らんでいく。でもね、そうやって想像した先にいるのは優じゃない。

他に付き合っている女がいる訳じゃないよ。でもね優とは結婚できないと思う」

真顔で何寝惚けた事言ってる訳?と思った事を悟られないよう頑張った。

「2年ちかく付き合ったのに、幸治の未来展望に入れない、その理由を教えて」

「優は世の中の現実に目を向けないから」

大雑把な表現に、私の苛立ちがピークへ向けて上昇を始める。

別れを切り出しておいて、掴み所のないような言葉で濁すってどうなの?

「幸治、分からない。幸治が理由として挙げている言葉の意味が分からない」

溜息をついて、私の目を見据えた。

「一ヶ月の電気代ってどのくらいか分かる?水道の料金は分かる?電気代は?

生活に必要な最低限の知識って持ち合わせてる?」

「実家で暮らしているから分からない。でも、そんな風に生きて、結婚してから

学ぶ人だってこの世の中には沢山いるわよ」

ふさけた方向に話が流れている気がしてならなかった。

 

「優の言う通りだね。結婚してから知る人だって多い。でも今まで優は甘えてて

知らなくて良い状況に身を置いて生きていただけでしょ?親元に居れば楽で、

だから実家を出ないで自立を避けていただけでしょ?」

「それは…家賃とかを払うより実家に居た方が貯金だって出来るし」

「貯金を増やしたかったから、ご飯を作る必要がなかったから、洗濯も、掃除も

自分でする事はあまりないから、だから出なかった。違うかな?」

言葉を返せなかった。確かに、幸治の言う通りだから。でもそれが別れる理由?

「俺ね、いくらお金があっても買えない物ってあると思う。例えば経済観念とか、

一般常識とかはお金じゃ買えない。学ぶ事は出来ても後付だと苦労するんだよ。

若いうちに散々自由を手に入れた優が、結婚して俺の給料だけで生活出来るか

考えるだけで不安になる。貯金あるって言い出しそうだなって。あるお金の中で

やり繰りする事を考える前に、貯金をいくらまで使えるかを考えるだろうって」

見透かされていると思った。言葉を返せなかった。

 

「今まで家事だって満足にしてなくて、結婚して子供が生まれて、家事も育児も

出来るのかな?俺だって家事や育児はするよ。でも、俺が仕事に行っている間、

子供と2人で居て、お腹が空いては泣いて、眠くては泣いてを繰り返す子供を

今の優は育てられるのかな?俺は無理だと思うよ」

「そんなの幸治の勝手な意見でしょ。言い切らないで」

「じゃあ聞くけど、美容室に3ヶ月以上通えない生活って想像出来る?エステも

行けなくて、化粧品のランクも今より下げて、月1万円とかの小遣いで生活する

そんな事が出来るかな?」

「……」

出来ない。正直そんなの無理だとしか思えない。美容室に行けないなんて嫌。

化粧品だって…基礎化粧品だけで6万円超えているのに。

一ヶ月の自由に使えるお金が1万円?そんなのすぐに消えるじゃない。

下着だって、服だって一回買えばすぐに消えていく金額じゃない。無理だと思う。

「子供って泣いてばかりなもの?天使のような可愛らしさで癒してくれて、幸せな

気分だって与えてくれるわ。そうやって親子の絆を作っていくんじゃないの?」

本気でそう言ったのに、幸治は呆れたように笑った。

「自分の親に聞いてごらん。自分が赤ちゃんだった頃の事。優、やっぱり無理。

優と価値観が違い過ぎる。まだ28才だから本気の恋をする最後のチャンスは

今しかないんじゃないかな。どうせ優は俺を好きじゃないでしょ?結婚を考えて

ただ無難な俺の傍に居ただけ。ときめきも感じないし、会いたくて仕方がないと

思うこともない。ただ平凡な日々が送れそうだから一緒に居た、違うかな?」

 

幸治の言葉は的確過ぎた。

反論も出来ないし、幸治の意思が固いのも分かっていた。

現実を知らないのと言われているようで、腹立たしい気持ちで心がいっぱい。

別れたいと言われた事が悲しいとか、幸治と会えないのが辛いとかじゃなくて、

28才で一人になる事の方が辛いと感じた。

それだけ…幸治自身を愛していなかったのかな、なんて思う自分も居るけれど、

あまりに惨めで、そのままバーを飛び出した。

 

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