― 嘘でしょ? の連続 ― 

 

 

 

目を覚ますと目の前には見慣れない景色。

あれ?家の天井と違う。それに、煌びやかな装飾が施されていて…。

驚いて起き上がった。周りを見渡して、今居る場所がホテルの部屋だって事は

酔いの回っている頭でもすぐ分かる。

「嘘…でしょ?」

壁際に自分の着ていたパーティードレスが掛けられているのが目に飛び込んで、

はっとして自分の体を見る。バスローブを羽織ってはいる…。

揺れる視界、辿れない不鮮明な記憶。時計に目を向けると深夜3時過ぎ。

2次会が終わってから軽く5時間は経過している。何この状況。

静まり返った部屋に、シャワールームから聞こえてくる、流れる水の音だけが響く。

ベットサイドのテーブルに置かれた男物の腕時計。

見覚えのあるロレックス。そう、坂田がしていた物。

「冗談じゃないわよ…」

慌てて服を着て、乱れた髪を整えるのも後回しに、ホテルの部屋を出た。

 

ホテルから少し離れた場所でタクシーを拾い家へと向う。

その間、ずっと考えていた。どうして坂田とホテルになんて行く事になったのか。

えーと…駅まで歩いて、着いたら…そうだ、人身事故で全線調整中だったんだ。

近場で結婚式が数件あったらしくタクシーもなかなか拾えない状態だったから、

仕方がなく電車の運転が再開するまで、取りあえず近場の居酒屋に寄ろうと…。

そこまでは覚えている。けれど、その先が思い出せないまま。

 

家に着くと母親はとっくに寝ているようで、家中の電気が消えている。

玄関のドアを開けて、足音をなるべく立てないように部屋へと向った。

すぐに服を脱いでバスルームに向い、シャワーを浴びる。

シャワーを終えて洗面台の前で髪の毛を乾かしている時、首元のあざに気付く。

「冗談じゃないわよ…」

そこにあったのはキスマーク。笑えない状況ってまさにこれでしょ。

明日は幸治とデートだって言うのに。

苛立たしい気持ちで部屋に戻ると、携帯に夏樹からのメールが届いているのに

気付いた。元凶からのメールだ。

 

『先に帰っちゃってごめんね。酔ってたみたいで健斗くんが心配して送ってくれた。

優に一言声を掛けるべきだったんだろうけど、坂田くんと楽しそうにしてたから、

話しかけられなかった。ごめんねー。じゃあ、またメールするね』

軽いノリの薄っぺらな内容。腹立たしいを通り越して笑えるんですけど。

『良いよ。健斗くんと楽しめたようで良かったね』

皮肉たっぷりの返事をして、夏樹を軽めに呪ってやりたい気分でいっぱいだった。

携帯を床に放り投げて、酔いの残る頭を沈めるように眠りにおちた。

 

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『もしもし、あのさ今日のデート延期出来ないかな?ちょっと仕事になっちゃって』

昼過ぎになって電話がきた。相手は彼氏、住吉幸治から。

「仕事なら仕方がないよね。次いつ会えるか分かったらメールちょうだい」

『分かった。次の日曜は絶対に優に会いたい。大事な話があるんだ』

「大事な話?分かった、連絡待ってる」

電話を切ってから少しだけほっとしていた。キスマークの残った首を見られるのは

絶対に嫌で、どんな言い訳をしようか考えていたし。

それよりも大事な話って方が重要。坂田の事は忘れてしまうのが一番だと自分に

言い聞かせて、幸治の言う『大事な話』の妄想に逃げ込んだ。

 

とうとうプロポーズかしら?

時期的にも2年目に突入寸前だし、幸治も4月に係長補佐になったらしいし。

時期的には良いタイミングよね。どんな場所で、どんなシチュエーションで、素敵な

言葉でプロポーズしてくれたりするのかな?

ずっと願っていた幸せがやっと目の前にきた感じ。

そう、ずっと願っていたのは平凡な結婚生活。

仕事に打ち込む女にはなりたくなかった。仕事が全てと自分に言い聞かせるのは

ただの逃げ道だと思っているから。実際、仕事なんて面白くもなんともないし。

お給料を貰うために、人間関係のいざこざも笑顔でかわして平凡に過すだけ。

遣り甲斐も感じなければ、楽しさの片鱗も見付けられそうにもない。

早く結婚して退職して、幸治のために料理を作ったりする毎日。悪くないよね。

そのために料理教室にも通ったし、エステに通い自分を磨く努力も怠らなかった。

実家暮らしだから毎月10万円を6年間、貯金出来たから専業主婦になってから

自分のお小遣いに困る事もない。

私の幸せの要素、全部が揃い始めた感じ。あと1週間で私の人生の転機がくる。

その嬉しさが、今朝の出来事をかき消してくれる。

結婚適齢期に突入している『勝ち組』予備軍の私が、勝ち組に仲間入りするの。

望んだ平凡な幸せがすぐ目の前にきている。そう実感する日々が続く。

 

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『明日だっけ?幸治くんからの【大事な話】があるのは?』

電話の向こうで夏樹が面白くもなさそうに聞いてくる。

「そう。付き合って2年になるし、前からの約束があるし。夏樹こそどうなの?

年下彼氏の高貴くんは、まだまだその気はなさそうなの?」

本当に聞きたいのは、この前の結婚式で高木健斗と2人で消えた後の事。

けれどこちらから聞くのは癪だから、わざと引き出しを開けるように話題を提供。

『高貴はまだまだお子ちゃまだから。やっぱり男は収入良くて、大人な男が良い。

なーんて最近思い始めてるの。4年も付き合って結婚に至ってないって事は、

タイミング逃した感じなのかなーなんて』

やっぱり高木健斗と何かあったんだと悟った。女28才、適齢期。

収入も良くない4年も付き合った新鮮味に欠ける男よりも、世界的に名の通った

大手に勤める大人の男の方が現実的な結婚相手候補。夏樹の迷いも分かる。

 

何歳くらいからだろう。恋に恋焦がれるなんて事がなくなったのは。

恋愛をして、一緒に居るだけで幸せを感じるとか、楽しくて仕方がないときめき、

胸を焦すようなドキドキ感を失ったのは。

気付けば恋愛に『現実』を求めていたし、それが当然になっていた。

ドキドキする気持ちよりも、安定を求めてしまう。

ときめきに欠けても、それが長く続く恋だったら良いなんて打算的になる。

それだけ若い頃の恋は子供じみたもので、現実を見据えていなかったからかな。

例え、幸治が平凡でつまらない部分があっても、社会的な安定はあるし顔も良い。

ギャンブルをするような冒険心もないけれど、それは裏を返せば浮気をするような

心配もないって事。だから幸治を選んだけれど、それって自分の幸せのため。

全部を手に入れるなんて無理だから、現実的な物だけ得られればそれで良い。

そんな打算的な大人に自分がなるなんて思ってもみなかった。

 

そして、そんな打算的な気持ちが全てを失くす道への入り口だったなんて。

 

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