― 孝明の過去 ― 

 

 

暗いままの部屋の中、ベットの上に座り込んでいる私達。
無言の重苦しい時間が続く。
この沈黙を破るのが、別れの言葉だったらどうしよう。
そんな悪い方向にしか考えが向かない程、孝明が放つ空気は張り詰めている。
聞いた事を今更ながらに後悔し始めた。

「前に少し話した事があると思うんだけど、付き合ってる彼女が居たのに、他の女に目が向いちゃったって話覚えてる?」
沈黙を切り裂くように、孝明が小さな声で切り出した言葉に「うん」と小さく頷いた。
「ちょっと派手な感じの彼女だった。付き合ってても自然体でいられなくて、いつも無理してたんだ。 格好良い男を気取りたくて、流行の車に乗って、服装も髪型も気を遣って。遊びに行く時は流行の場所に、ってね。 それが当たり前だって思ってた。自分自身で無理しているとか気付けないくらい」
遠い過去をなぞらえるように、ゆっくりと紡ぎ出される過去の恋愛話。
相槌を打つ事も出来ずにただ聞いていた。

「その頃、ヒロと知り合った。あまりに自然体で、背伸びしないままの俺で居られる、そんな人だったんだ。 服装もジーンズにTシャツとかでOKって感じで。一緒に居て全然疲れなくて、その居心地の良さにどんどん惹かれた。 傍に居られるだけで幸せだって思っていたのは最初だけ。会う度に想いが強くなった。 恋愛に発展出来れば良いって望むようになってたんだ」
「発展しなかったの?」
聞いて良いのか分からないな、と思いつつも聞かずにいられなかった。
孝明は静かに頷いて「発展しなかった」と静かに答えた。
カーテンから漏れる僅かな光が浮かび上がらせる孝明のシルエットが、悲しそうな様子を伝えてくる。 まだ過去の傷を抱えているのだと改めて気付かされる。

「好きだって伝えようって思った。だけど、出来なくなった。ヒロには好きな人が居るって知ってしまったから。 好きな男の事で傷付いて涙を流して苦しむ彼女を見て、自分の気持ちを伝えるなんて出来なくなってた。 2年くらい前かな。色々あってヒロはボロボロの状態になってた。好きだって伝えたらもっと苦しめてしまいそうで、 俺の気持ちは表に出してはいけないんだって自分自身に言い聞かせた」
「伝えなかったの?」
少しの無言の後、優しく笑う顔がとても綺麗だった。
悲しそうで、それでいて優しくて。
綺麗な写真を見ているようなモノクロームの笑顔。
「伝えたよ。優と付き合ってから『ずっと好きだったけどやっと忘れられる』って。本心だったから。 ヒロには居心地の良さを求めていたけど、優に求めているものは居心地の良さとかだけじゃないんだ。 優の存在そのものを、心の奥が求めるから」
胸の奥の重石が軽くなるような気がした。
その言葉、素直に受け止めて良いよね?自問自答するだけで、言葉を発する事が出来なかった。

 

「優と知り合って、最初は何て言うか…他の女の子みたいに『結婚式で男ゲット!』って感じが全然なくて、 それが居心地良くて話し掛けてた。だけど話している間も、全く心の中が見えないの。優が何を考えているのかとか、 楽しいのかどうかも全然伝わってこなかった。笑顔なのに笑っている感じがしなくてさ。 正直最初は『なんだこのコ』とか思ってた」
「うそ…」
聞きたくなかった。今更だけど。そんな風に見られていたなんて、やっぱり傷付く。

「ヒドイよね。だから本音とか少しでも見たいとか思って、気付けばずっと話し掛けまくってた。夏樹ちゃんは健斗と 消えちゃって、それでも『何でもない』って顔をしてるの見たらイタズラしたくなった。困った顔をみたいとか思って。 それで飲みに付き合わせて、ホテルまで行ったんだ。酔った優に抱きつかれた時、正直手を出すのなんて簡単だった。 だけど出来なかった。酔った時の優は楽しそうに笑って、甘える顔が可愛くて。壊しちゃいけないくらい純粋そうに見えた。 興味本位だけで傷付けちゃいけないって思ったんだ」
孝明が私を好きってどのくらいなの?そんな疑問が浮かぶ。けれど言葉に出来ない。
素直に話す言葉に耳を傾けよう。孝明が話す内容全てを聞こう。

「次の日、シャワーを出たら優が居なくて安心した。簡単に関係を持つような人じゃないんだって、凄く安心したりして。 最初はその程度だったのに、3日くらいしてから優の顔を何度も思い出すようになって。会いたくて仕方がなくなってた。 どうやったら会えるか――――なんて本気で考えてたんだ。中学生みたいだなって、自分でもおかしかった」
言葉が止まると同時に、両頬を大きな手が包み込む。
僅かな光に照らし出された優しい表情を見て、孝明の言葉に嘘なんてないと思った。

「何度も何度も優に会いたいって思った。ズルイやり方だって分かっていながら、健斗に頼んで夏樹ちゃんと連絡取ったんだ。 優にどうしても会いたくて仕方がないから協力してくれって。優が失恋したばかりで傷付いてるとか、元彼が穏やかで優しくてしっかり者だった事も聞かされた。 『優を傷付ける結果になったらぶん殴るから。そこを覚悟するなら協力する』なんて言われた。どんな手を使ってでも会いたかった。 卑怯だって分かってたけど、少しで良いから優の視界に入っていたかったんだ」
頬に当てられた手に触れた。大きくて温かい手。
私に優しさを与えてくれる手。
素直になる事を教えてくれる手。
私が持つずるくて相手に依存していた部分さえ、そんなもんだと笑い飛ばしてくれる人。
そんな孝明に、今こんなにも寂しそうな顔をさせているのは私。

「もう良いよ。これ以上話さなくて良いよ。私、ズルイよね。まだ付き合って2週間とかなのに孝明の心の全部が欲しくなって。 束縛とか独占欲だね。本当…最低だね」
孝明の頬を一筋の涙が伝う。ごめん、癒してもらう事ばかり考えている私、最低だよね。 孝明の明るさや優しさの奥にどんな痛みがあるのかも知ろうとしていなかったね。
言葉に出来ない反省の気持ち。孝明の頬に両手を当てた。
「孝明の心の奥の痛み、いつか笑い話に出来る日が来るまで傍に居させて」
今、自分に言える言葉なんてこの程度しかない。けれどそれは嘘もない真実。
「ずっと傍に居て。付き合って一ヶ月で遠距離恋愛なんて最悪な状況だけど、戻って来たら離れた時間の分だけ楽しく過そう」


大きな腕に包まれて、過ぎ行く時間を惜しむように優しいキスを繰り返す。
たった一秒の大切さを知った。
独占欲なんて自分にはない、と思っていた私の中の欲張りな面も知った。
何より、たった2週間で今までない程に人を好きになっている自分に気付かされる。
人を好きになればなる程、嬉しくて前向きになれる。
想いが募れば募る程、苦しくて切なくなる。
切なくて、でも嬉しくて。大好きで、でも不安で。
もっともっと好きになりたい。今よりずっと好きになって欲しい。
ねえ、孝明もっとキスして。強く抱き締めて。心の奥に刻み込んで。あなたの優しさの全てを。

この先、少しの時間とは言え、離れ離れになる辛さを軽くして。
あなたが泣き虫にした私に強さを与えて。
捻くれて素直になれない私に、たった一つの勇気を与えて。
「ねえ、もっと強く抱き締めて」
こうやって素直に言える強さも、孝明と出会わなければ持つ事なんて絶対になかった。
だから、何度も繰り返させて。
今だけで良い、飽きるまで言わせて。
「孝明が大好きだから」って。
心の奥を流れる涙、拭い取って。その優しさで。

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