― 泣き虫天使 × 強がり悪魔 =私 ― 

 

 

孝明の車が目の前に現れて、優しい笑顔で運転席から降りて来た。
「今日はごめん。優に会いたくて仕方がなかった」
路上で、人通りが少ないとは言え、笑顔で抱き締められて赤面してしまう。 胸が高鳴る。やっぱり孝明の存在、私にとってはすごく大きくて大切なもの。
こうやって大切に扱ってもらえる事、本当に嬉しいし、こんな時間がずっと続けば良いと思う。

なのに、同時に付き纏う不安を拭えないのは、ただ単に私が欲張りだからなのかな。
大好きな人の寝言を引き摺るなんてどうかしている。
ましてや、それを問質す勇気さえ持てないのだから。
聞きたい事は山ほどあるのに、目の前の笑顔を曇らせるのが恐くて言えなくなってしまうなんて。 本当、負け組にむかって直進している気分になる。
ただ抱き締めてくれる彼の背中に腕を回し、ぎゅっと力を入れ返す事くらいしか出来ない。
本当、気が強いはずの私なのに、恋愛に関してだけは臆病だったりする。自分でも笑いたくなるくらいに。


走り出した車は、街の灯りを幾度となく追い掛け、追い越し、次々と景色を変えていく。
「夏樹ちゃんから聞いてるかもしれないけど、仕事が忙しくなっちゃって長期の出張になりそうなんだ」
「うん。少し聞いた。中国だっけ?」
張り裂けそうなくらい胸の奥が痛む。そのくせ、そんな動揺を見せたくなくて平気な態度を装う。
離れるのは嫌。こんなに好きになっているんだと実感できるのに。心の中ではそんな弱音を吐いているくせに。
「そう。長くて半年くらいかな。短くても5ヶ月近くになりそうなんだけど。日本に帰るのも1ヶ月に1回でも帰れれば良い方かな」
「仕事だから仕方ないよね。だけど、寂しいね」
自分でも驚く程、素直に寂しい≠ネんて言葉が口をついて出ていた。

タイミングが良いのか悪いのか、信号で車が止まり孝明の顔がこちらを向いた。
「優がそう言ってくれるの嬉しいかな。離れても平気だって思われてたら、なんて不安だった」
苦笑いしている顔を見ると涙が自然と溢れる。
「平気じゃない。孝明が考えているよりもずっと、孝明に惹かれてるから。本気の恋させてくれるって言ったけど、 もう本気の恋してるから。孝明が傍に居ない事を考えるだけで苦しいよ」
「なーんか、中国なんて行くの嫌になっちゃうな。優がそこまで言ってくれるなんて思ってなかった」
信号が青に変わって走り出した車の中、会話が途切れる。
何を言えば良いかなんて分からなかった。

時間はあっと言う間に、本当にあっと言う間に過ぎてしまう。 気が付けば家の前まで来ていた。
「あのさ…今日、やっぱり帰したくないや。着替え持って俺の部屋においでよ」
「良いの?」
「少しでも一緒に居たいから。一応、ご両親にも一言挨拶してからにしよう。夜遅いけど」
親には何も言わなくて良いと言っても、そんな訳にいかないからと引きそうにない孝明を連れて玄関を開けた。

「おかえり」
玄関で父にバッタリ会うあたり、タイミングが良いのか悪いのか。
「こんばんは。夜遅くに申し訳ありません」
営業スマイルの孝明を見て、父は驚いたような嬉しいような表情で母を呼ぶ。
両親を目の前にして孝明がいきなり頭を下げた。
「こんな時間にお邪魔した上に、勝手な事を言うのを承知でお願いがあります」
三十路の手前近くまできている女のお泊り許可を得るために頭を下げてくれた。
孝明の話を聞いた母は、あっけらかんと「どうぞ。どうせならそのまま帰してくれなくて良いわよ?」なんて笑っている。
父は父で「君が泊まるかい?」なんて呑気な事を言って笑っている。
私の年齢から言って当然だけれど、あっけなく許可が下り急いで荷物をまとめた。


 

一応、外まで見送りに着てくれた母。
「どうせなら、出張に行くまで帰って来なくて良いのよ?坂田さん、ご迷惑掛けると思いますがお願いします」
「本当、ご理解頂けてありがとうございます。今度遊びに来ます」
2人がにこやかに会話をしている中、助手席に座った私は居心地の悪さを抱えたままだ。
孝明は心の中でどんな事を考えているのか。母はどんな心境だろうか。そんな事ばかり考えてしまう。

孝明の部屋に着いてから、会話らしい会話もないままキスが繰り返される。
「優、ごめんね。誕生日に出張になるなんて」
唇が触れたまま囁かれた言葉に、頭の奥が痺れに近い感覚を伝えてくる。
キスのせいなのか、誕生日から長期間離れ離れになるからなのか。 愛情を与えられる嬉しさも、好きだからこその悲しさも、一気に一気に込み上げて心の中を占領していく。

深夜になって暗闇に包まれながら眠気を待つ間、眠そうな声が真横から聞こえる。
「優、俺の事本気で好き?」
「どうしたの?孝明は?孝明は本気で好き?」
強気なくせに小心者のイジケ虫な悪魔の、最大限に勇気を振り絞った質問。
「このまま…朝が来なければ良いのにって思う。優が近くに居てくれる時間がずっと続けば良いのにって。多分、すげー好きなんだろうな。自分が想像している以上に」
「何それ?意味が分かりにくいよ」
回りくどい言い方が妙に言い訳している子供のように感じて、思わず笑っていた。そんな私の手をぎゅっと握る。
「さっき、車の中で『孝明が傍に居ない事を考えるだけで苦しいよ』って言ってくれた時、すごく嬉しかったんだ。ずっと大切にしたいなって思った」

耳元で囁かれる言葉。
それがあまりに嬉しくて黙り込んでしまう。きっと幸せってこんな瞬間の事を言うんだろう、なんて考えてみたりして。
今なら、今なら聞いても良いのかな。
ううん、今しか聞けない気がするの。
緊張と言う感情を押し込めるように、手をぎゅっと握り返した。

「孝明にどうしても聞きたい事があるんだ。気分悪くさせたらごめん。だけど…今聞かないと苦しいから」
「ん?何でも聞いて?」
数秒の沈黙。大きく息を吸い込んだ。
息を吐き出す勢いに言葉をのせる。
「ヒロって誰?」
「優……」
嫌な沈黙に包まれたのを痛いくらいに肌で感じる。やばい、地雷を思いっきり踏んだみたい。
いや。核ミサイルに爆弾持って突撃した感じなのかも。


でもダメだ。止められそうにないから。今、ここで引き下がったらもっと苦しくなる。
「前に寝言で言ってた『ヒロ、愛してる』って。私、まだ孝明の一番になれないんじゃないかって――――不安で仕方がない。好きだから、大好きだから苦しい」
「ごめん。優、ごめんね」
温かな腕に包み込まれる。
孝明、そこで黙らないで。ごめんの意味をちゃんと話して。それが何に対してのごめんなのか、ちゃんと言葉にしてくれないと恐いから。

強がり悪魔、真夜中の大暴走が今スタートラインを派手に走り出しました!
そんなアナウンスが聞こえてきてもおかしくない、長くて短い夜の幕開け。

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