― 激動 ― 

 

 

週末も近付いてきた日の夕方。綺麗な夕焼けに似つかわしくない、ふて腐れた顔を目の前にしている。
「全く、結婚決まったってメールしているのに返事もくれないなんて…」
会社まで顔を出した夏樹がぶつぶつと文句を言ってくる。
志島さんの会社を紹介した手前、私がちゃんと仕事をしているのか不安になったと、仕事帰りに顔を出した夏樹。
「差し入れ持って来ました」
と明るい顔で参上したけれど、戦場のような状況を見て唖然としていた。

「夏樹ちゃん元気?仕事はどう?」
会社の派手な大掃除状態の荷物の山の中から、相変わらず綺麗な笑顔を作りながら出てきた志島さんを目の前に絶句していた夏樹。
その唖然とした顔は、見ていて結構笑えた。
「会社、引越しでもするんですか?まさか…倒産なんて事はないですよね?」
なんて素っ頓狂な声を出していた。
呆気に取られながらも、妊娠している事や結婚が決まった事だけはちゃっかりと報告をするあたり、夏樹らしいと言うか。幸せな人間は強い、なんて思わせてくれる。

大口の契約が決まりそうな事をきっかけに会社を大々的に大掃除をする事にしたと、志島さんが説明すると夏樹は納得していた。
そして半強制的に、私に手伝うように言われ、文句も言わずに手伝っている。夏樹が人に好かれるのは、こう言う部分なのかな。いつも前向きで愚痴が少ない。
半面、無神経と紙一重であるけれど。ポジティブさでは夏樹に勝てる人間はそう居ない。居るだけで周りを明るく出来る強さを持っている。
「早く終われば、優も帰れるんでしょ?」
「そうだね、終われば帰れるわ。夏樹がこんなに優しいって事は、さては結婚の自慢でもしたいって事でしょ?でも、妊婦なんだから重い物は持たないでね」
妊婦なんだから≠フ言葉に、夏樹は嬉しそうに笑い、自分のお腹に手を当てた。とても愛しそうに。
その姿を目にした瞬間、心の中にチクリと痛みが走る。
腐れ縁、悪友に近い、そんな夏樹の結婚と妊娠。
心の中では嬉しさもあるのに、どこか置いてけぼりにされてしまったような感覚がある。
その上、こっちは彼氏が寝言で別の女の名前を口にした居心地の悪さを抱えている真っ只中。 いくら友達とは言え、人様の幸せを手放しで喜んであげられるような状況ではなかった。

「よし、今日はここまでにしよう。だいぶ綺麗になったし。夏樹ちゃんも手伝ってくれてありがとう」
20時前に志島さんが終わりにしようと言い出した。
「じゅあ、優お借りしますね」
私の腕に、自分の腕を絡めながらにこりと微笑む夏樹。
「どうぞ。牧山さん毎日頑張ってくれているから、夏樹ちゃんの元気を分けてあげて」
「元気、吸い取られるの間違いですよ」
「吸い取って良いならいくらでも吸い取らせてもらうわ。子供の分まで元気じゃなくちゃ」
私と夏樹のやり取りを見て、優しく微笑んでいる志島さんに『お先に失礼します』と頭を下げて会社を後にした。


それから2人で和食レストランに向った。
「それで?私の誕生日に入籍してくれちゃうのは、どんな嫌がらせな訳?」
「嫌がらせだなんて失礼ね。大切な友達の誕生日だからに決まってるでしょ?」
妊婦ってつわりで食欲ないんじゃない?と、こちらが心配になるくらい、夏樹は沢山注文しながら答えた。
「大切な友達…ね」
「何よ、その元気のない顔は。触発されて坂田くんと結婚!って流れにはならない?」
頬杖をつきながら、いたずらする子どものような目で顔を覗き込んでくる。
「結婚…ないね。今の状態じゃ」
溜息と共に、この前の夜の出来事が弱音となって口から出ていた。

「なるほどね。坂田くんモテそうだしね。でも、健斗は坂田くんが優と付き合ってから嬉しそうにしてるとか、 明るくなったとか言ってたけどね」
「それとこれは別じゃない?だって…愛してるなんて言葉、寝言で出る相手って相当じゃない?」
確かに、と夏樹は頷いた。
「健斗は坂田くんと仲良いから簡単に口を割りそうにないし…。そうだ、清水友也って覚えてる?麻奈美の結婚式の時の2次会で 一緒だったちょっと無口だった人。清水くんなら教えてくれるかも。今度、さり気なく聞いてみるよ」
さすが夏樹。連絡先を知っている事も驚きだけれど、話の内容から何度か連絡を取っているらしい上に、 夏樹の同僚の女の子を紹介する話になっているらしい。それをネタに聞き出してみると笑っている。

不安じゃないと言えば完全に嘘になる。
孝明の事をもっと知りたい。けれど本人に聞く勇気が持てない。
自分に自信がないから。私の好き≠フ感覚と、孝明の好き≠フ感覚が一致しているのか分からないでいる。
大切にされているのに。たった一度、垣間見ただけの孝明の過去の恋愛に怯えている。

散々しゃべり倒した2時間。
妊婦を夜遅くまで連れ回す事への罪悪感が付き纏う。 それでもな夏樹と話す事で安心感が欲しかった。
いつも楽しそうにお酒を飲んでいた夏樹が、妊娠を理由に大好きなお酒も飲まない。
それでも幸せそうに笑う姿には強さと、言い表し切れないくらいの幸福感が漂っている。
その姿に元気をもらえたのは事実。
けれど、同時に襲う焦りと寂しさ。
私、何やっているんだろう。
自分の居場所なんて何処にもない。家にも、会社にも。もちろん大好きな彼の元も。
夏樹がくれる元気と同時に沸き起こる焦り。不安。


頭の中を一つの言葉がかすめた。 『負け犬』
負け組とか、アラサーとかそんな言葉よりもネガティブで現実的な言葉。
そう、今の私はただの負け犬。
自分の弱さに負けている、ただの駄犬だ。

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