― 仕事と男 ― 

 

 

 

週末は孝明と。
過す予定だった。それなのに土曜の夕方近く、会社に居るなんて…。
パート3人の仕事ボイコットに近い状態がずっと続いている。毎日、沢山の仕事を残して帰ってくれるおかげで、入社してから毎日残業をするはめになっている。
今日だって…本当は休みなのに。月曜の朝に納品する商品の梱包が終わっていないせいで、志島さんと営業数人、そして私で出社して梱包している。
本当、事務よりも梱包の仕方の方が頭に入ってきている。

「社長、パートの人数増やすか、人を替える訳にはいかないの?」
営業から不満の声も出始めている。
「無理かな。彼女達は長年働いているから、納品先ごとの梱包の仕方も頭に入っているし。そのうち落ち着くからさ」
志島さんは常に平等主義。
誰かが悪いという考え方はしない。人の良い部分だけを見て、それを前向きに捉えようとしているように見える。

けれど、気になる事がある。
いつも綺麗で優しい笑顔の志島さんが、背筋が凍る程の冷たい目をする瞬間がある――ように感じる事が数回あった。
それはいつも同じような場面。パートの加賀田さんが志島さんの近くに行った時。もしくは加賀田さんが志島さんの目の前を通り過ぎるのを、 見ている時の目。とても冷たくて、まるで軽蔑でもしているような視線を送っているように思える事がある。
そして、その視線を見てしまうと不安になる。
もしかしたら、自分自身もそんな目で見られている時があるのかも知れないと。

「そろそろ全部終わりだね。牧山さんは週末はデートとかないの?」
百田さんが積み上げられた雑貨を見上げながら聞いてきた。
「まあ…本当なら今頃デートしていたと思いますよ。仕事なので仕方がないですし、この状況で仕事投げ出せませんから」
「偉いなー。パートの3人に聞かせてやりたい言葉だな」
百田さんは感心しながら梱包が完了した雑貨をダンボールに詰め込み始めた。
偉いとは違うかな。入社して間もないから出勤を断れない雰囲気に飲まれただけなのは否めない。 前の私だったら『私用があるので』と言って仕事を断っていたと思う。
そうしないでいるのは、入社して間もない事もあり仕事を断る勇気が持てないから。そして何より、パートの3人からの嫌がらせに近い、目の前の状況を ただ飲み込んでしまう事に対しての葛藤があるから。

仕事を終えて事務所での入力作業も終え、孝明の部屋に向うと告げていた時間を大きく過ぎている事を気にしながら、帰り支度をしている皆に声を掛ける。
「お先に失礼します」
「牧山さん、駅まで送ろうか?」
志島さんが優しい笑顔でありがたい言葉を掛けてくれる。けれど、近くまで迎えに行くと孝明からメールが入っていた事もあり丁重に断った。

会社を出てすぐに孝明の携帯に電話を掛ける。
『もしもし、仕事終わった?』
受話器越しに聞こえてきた声で、仕事の疲れが軽くなるように感じる。
「うん、終わったよ。孝明、今どこ?」
『後ろ。優が歩いてる姿が見えるよ』
ふっと笑う声が受話器から聞こえ、そのまま振り返ると少し離れた場所に、孝明の車が停まっているのが見えた。そのまま通話を切り駆け寄る。

 

「お疲れ様」
「待たせてごめんね。約束してたのに…」
「仕事だから仕方がないよ。ねえ、早く乗って」
助手席に乗ると、優しく微笑んで髪を撫でながら「お疲れ様」と言ってくれる。この仕草に弱い。
孝明は…女の扱いをすごく心得ているように思える時がある。過去の恋愛については、全くと言って良いくらい知らない。 それがたまに不安にさせる。孝明は、過去にどんな人と付き合い、どんな恋愛をしてきたのか――――。
その疑問を口にする事も出来ないまま、心の中に小さなしこりが出来るのを感じている。

観に行こうと約束していた映画の開始時間まであと5分。
急いでチケットを買い、ジュースとポップコーンを手に、ほとんどが埋まっている座席の中から、2人が並んで座れる場所を探す。
真ん中の中段で良い席が空いていて、滑り込むように腰を下ろす。タイミング良く照明が落ち、映画上映前の広告がスクリーンに映し出される。

 

「楽しみだね」
「うん、この映画観たかったから今からわくわくする」
流れる広告に目を向けながら、孝明の左手が私の右手を包み込む。
幸せってこういう事の積み重ねの先にあったりするのかな、なんて考えている時、視界の先にいる人物に目を奪われた。

 

私とは正反対の整った顔立ちに、綺麗に化粧をしている女性。
そしてその横には、元彼の幸治がいる。スクリーンからの光を後ろから浴び、シルエットのように映し出される幸治の輪郭。
そして、私が見た事もないような嬉しそうな表情で、女性の方を向きにこやかに話をしている。釘付けだった。
見ないようにしようと思っても、どうしても目が幸治に行ってしまう。愛情があるから、ではない。けれど目が外せない。
気付いてしまったから。私と付き合っている時からしていた、シルバーのボールチェーンにクロスモチーフが付けてあるペンダント。 同じ物が彼女の胸元にも飾られてある事に。

純愛映画が進む中、頭の中には映画の内容なんて入ってこない。
「泣けるね」
孝明がそっと声を掛けてきた時、思わず目から涙が落ちた。
映画に感動して泣いていると思った孝明は、優しく頭を撫でてくれる。
ごめん、孝明。
元彼にも裏切られていた事を、今更知って泣いているなんてどうかしているよね。 好きで好きで仕方がなかった相手ではないけれど、悔しくて仕方がなかったんだ。

愛情なんて無条件にそばにあるなんて思い込んでいたからなのか、相手に興味がなかったからなのかは自分でも分からない。 それでも長い人生を共に歩んで生きたいと、願っていた相手には他に恋人がいたなんて。それを気付かずにいた私。
自分のバカバカしさに涙が溢れて止まらなかった。

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