― 自分って? ― 

 

 

 

意気込めば何だって出来ると自分に言い聞かせる以外、自分を奮立たせるものなんて何もなかった。
夜になって会社に戻って来た営業さん数人が、見兼ねて手伝いに入ってくれた。梱包作業は思った以上に過酷と言うか、難しい。 店に入れば剥がされて、商品が陳列されるのに。それでも綺麗に包み込んでなんぼ。 とても無駄な作業だけれど、そこに会社の信用が伴うのであればやるしかないって事だよね。
必死に作業してもなかなか減らない。綺麗に包むだけの作業なのに、その難しさに手こずってしまう。その点だけはパートの3人を尊敬出来る テキパキと作業していたし、手際よく綺麗に梱包していたのだから。

「あまり気にしなくて良いよ」
百田さんは元気付けてくれようと声を掛けてくれた。けれど、自分の何も出来ない状況に歯がゆさを覚える。
「すいません…何も出来なくて」
それ以上言えば涙も出てしまいそうなくらい辛かった。
「良いって。パートの嫌がらせみたいなもんだから。今までも事務の女の人が入れば同じ事が何度かあったから。 加賀田さんって居るでしょ?ボーイッシュなパートさん。あの人が社長の事を好きでね。林さんとかは加賀田さんと仲が良いから、応援したいのかね。 他の女の人には敵意を持つって言うか。そんな感じだから」
「社長、モテるんですね」
営業さん数人が、「モテるよ」と笑っている。当然か。あんなに綺麗な顔で、物腰も柔らかで。近くに居れば吸い込まれてしまいそうになる程、 魅力を感じてしまう存在なのだから。

「でも、社長に恋はしない方が良いぞ」
手際よくタオルをパックに入れながら、呟くように百田さんが口にした。前に…夏樹にも同じ事を言われた。
「恋を…しない方が良い?」
不思議そうに聞き返した私の目を見て、にこりと笑う。
「さあ、これで終わり。あとは箱詰めして終わりだね」
話を逸らすように、目の前に並べられた雑貨を見る。
「これで閉店後の納品物は間に合うな」
他の営業が近くの大型の雑貨店への納品に向うと言って、大きな箱に詰められた籠などを車に積み込み始めた。 21時の閉店後に納品に向うなんて過酷に思える。

「ごめん、納品先で新商品の話が盛り上がって抜け出せなかった」
志島さんが急いで倉庫に入って来た。本当に急いでいたようで、倉庫の前に置かれた車はドアが開いたまま。
「お疲れ様。もう梱包は何とか全員で終わらせて、納品組は向ったよ」
「良かった…間に合って良かった」
安心してその場に座り込みながら、それでも顔は優しく微笑んでいる志島さんの姿に胸の奥が苦しくなる。 その子供っぽさを感じさせる行動と反比例するような綺麗な笑顔。自分の不甲斐なさが胸を締め付けるようだった。
「牧山さんも初日から大変だったでしょ?ごめんね遅くまで」
気遣うような言葉に、心の中を掻き毟られるような感じがした。苦しい。


何も出来ない自分。
意気込みだけで何とか出来るなんて信じて。
そこにある、誰かの心配とかまで配慮も出来ないで。
会社と言うものを守ろうと、必死になっている志島さんにとって、安請け合いに近い私の言動は不安だったに違いないのに。
それでも笑顔で居てくれる事に歯がゆかったし、苦しくて仕方がなかった。

――――――――――――――――――――――――――――――――


「送るよ」と言ってくれた志島さん。けれど「大丈夫です」と笑顔で断り、一人家に向かう。
電車を乗っている間はまだ平気だった。
駅の改札を抜けて家まで向かう途中、時計に目を向けて22時を過ぎているのを見た時、一気に涙が溢れ出した。
遅くなるまで働いた事が辛いとかじゃない。
何をしても壁にぶつかる自分が、とても情けなくてみじめで泣けてきた。すれ違う人も居ないような住宅街の道を歩きながら 一人涙を流して歩くしか出来ない自分。それさえ自分自身を苦しめていくような気がした。

 

家に着いて、両親が居間で晩酌をしながら楽しそうに会話している横を無言で通りお風呂に向う。
そのままお風呂に入り、全てを洗い流すようにお湯に入る。今日一日の自分をずっと思い返しては、悔しさとか、苦しさとかが込み上げて泣きそうになる。
午前中まであんなに楽しかったのに。午後からはただの地獄の中に一人放り込まれた気分になって。まあ…自分から乗り込んだに近いんだけど。
人に対して「最後までプライド持って仕事に挑め」なんて言えた義理なんてない。 自分もどちらかと言えば、リストラ前は今日のパートの3人みたいな働き方をしていたのだから。
でも……やっぱり負けたくないし、この状況は変えていきたい。
パートの3人に別に好きになってもらおうなんて思わないけれど、仕打ちを受けるような事はもうこりごり。
そんな事ばかりが頭の中に浮かんでは、気分を切り換えようと別の事を考え。けれど結局はそこに思考が戻る、を何度も繰り返した。

ベットに倒れこむように身を投げ出して目を瞑る。
バックの中にしまい込んだままの携帯がメールの着信を告げ、重い体を起して携帯を取り出した。
『お疲れ様、仕事はどうだった?初日だから緊張して大変だったかな?明日からも頑張ってね。俺はこれから帰宅です』
孝明からのメールではっと我に返る。
そう言えば彼氏が出来ていたんだっけ、なんて思ってしまうくらいだった。何て言えば良いのかな…全てが現実味がない感じさえした。

幸治との破局、リストラ、そして再就職に新しい彼氏。
目の前にある全ての事が、自分の意思と無関係に進んでいるように思えてしまう。「もしあの時に」なんて考えが浮かぶ。

もし幸治にフラれていなければ。
もしリストラされなければ。
もし再就職先が違っていたら。
もし孝明と付き合っていなければ。
答えなんて出ない問いが頭の中を駆け巡り、ただ闇に吸い込まれるように消えて行く。


全てが現実なのに、全てが夢に思えてしまう程、自分の目の前にある事の全てに対して自分の感情が伴っていない。
ただ幸せになりたいと望んで生きていただけなのに。
幸せを手に入れたいと願っただけなのに。
その願いに対して突き付けられた現実はまるで、自分の足りない部分を見つめ直せとでも言うように、意思に反して進んで行く。
たった一つの幸せを掴む事の有り難さを再認識しろと言われているようでもあるし、自分がどうしたいのかを考えて生きろと諭されている気分にもなるし、 何より―――自分の存在意義を見付けろと言われているように思えた。


自分が見失っている何か。
それを探さないと、何も前になんて進まないって事なのかな。

――――――――――――――――――――――――――――――――

NEXT→ 3章02

BACK→ 2章10

TOPページへ

ネット小説ランキング>現代・恋愛 シリアス>負け組にむかってに投票

ランキングに参加しています。応援お願いします。

 

 

inserted by FC2 system