― 恋? ― 

 

 

 

土曜日、久々に夏樹に会う。

志島さんの会社で採用が決まった事を告げると、お祝いという事で食事をする

事になった。夏樹のおごりで居酒屋に行く事に。

 

待ち合わせ場所に着くと、既に夏樹が待っていた。

「優、こっち」

笑顔で手を振る夏樹の横に、健斗が立っていた。そして…坂田も。

「久しぶり」

なんて笑っている坂田。相変わらず掴めないヤツ。

笑顔で頭を下げながら、近くにある居酒屋まで4人で歩く。

夏樹と健斗はやっと付き合う事になったらしく、堂々と手を繋いで歩いている。

その後ろを微妙な気分のまま、坂田と並んで歩く。

「先週の週末に引っ越したんだ」

明るく話す夏樹。元彼と一緒に暮らしていたのだから、当然の行動だろう。

健斗と付き合う以上、前の部屋に居るなんてあり得ない事だし。

「どこに引っ越したの?今度遊びに行きたい」

「片付けが終わったらおいで」

そう答えたのは夏樹ではなく健斗。その反応に驚いている私を見て2人は笑う。

 

「夏樹ちゃんと健斗一緒に暮らしているんだよ」

坂田が笑顔で教えてくれた。

「え!付き合ってまだそんなに経ってないのに?もう一緒に暮らすの?」

私の反応に3人して大笑い。30才目前にしてそんな事を言うなんておかしいと

子ども扱いをされてしまう。けれど正直早いような気がしないでもない。

だって、その前日まで他の男と同じ部屋に住んでいたのに。

付き合うと決めたから元彼と暮らす部屋を出たにしても…ちょっとな、と思う。

「優ちゃんは相変わらず、恋愛に理想を抱いたままなんだね」

坂田が子供に対して言うように、さらりと言葉を口にした。

多分、その時にかなりカチンときたのは顔に出てしまっていたのだと思う。

 

夏樹と健斗が手を繋いで歩く後ろを、坂田と並んで歩きながら、子供扱いされ

少しむくれて歩いていた私の手を坂田が掴んだ。

「そんな顔しないの。お祝いの主役は優ちゃんなんだから」

「あの…」

「なに?」

「手…なんで掴んでるんですか?」

いや…どうして手を握ったままで歩くんですか?が正しいのかな。

「ん?繋いで歩きたいから。何かおかしい?」

「え…あ、いや。別に」

自信満々に答えるとこかな。まあ…その坂田の反応があまりに男らしい事で、

それ以上何も言えなくなる私もどうなんだろうって感じなんだけど。

男と手を繋ぐなんていつ以来だろう。そう言えば元彼、幸治とも別れる前には

繋がなくなっていたっけ。久々に男の人と手を繋いで歩く事で、手に汗が滲む。

それにしても、何事にも流されるままの自分に溜息が出そうになる。

だって、手を繋ぐのが嫌なのか、そうでないかも自分自身で分からないから。

 

「じゃあ優の再就職をお祝いして、乾杯」

ジョッキを手にして笑顔の夏樹が言う。状況で気には私の再就職のお祝いと

言うよりは、夏樹と健斗おめでとうって感じもするけれど。

「それで、再就職先はどんな会社なの?」

健斗が運ばれてきた料理をテーブルに並べながら聞いてくる。

「雑貨の輸入をしている会社らしいけど…正直な感想は小さな会社って感じ。

パートさんみたいなオバさん達が居るのしか見なかったけど。スーツ着ての

通勤じゃなくなる事に少し違和感があるけどね」

串焼きを口に運びならが言うと、夏樹がにやりと笑った。

「小さくて汚い掘っ立て小屋みたいな会社だよ。でもね、社長が格好良いのよ」

坂田に視線を向けながら、イタズラに笑う。

「へえ、社長さん格好良いんだ?」

すぐさま反応してくる坂田。夏樹…ここでそれ言うかな?

「どうだろ、綺麗な顔しているけど年下かと思うくらい年齢不詳な感じだったよ」

当たり障りなく済むように言葉を選んでいる私も、正直どうかしているよね。

一体誰を気遣って言葉を選んでいるのかも分からない状態だし。

しいて言えば、その格好良さに釣られて、パートのオバさん達の感じの悪さを

感じながらも、採用決定に首を縦に振っていた訳だけれど。

 

 

沢山話をしながら飲んで、夏樹が酔ってしまう。

普段あまり酔う事はない夏樹、もちろん酔ったふりをする事はあるけれど…。

それは大抵はターゲットになる男が居る場合の軽い演技。

けれど、最近ずっと引越し準備に追われ、引越し後は片付けに追われ、ずっと

寝不足だったらしく結構酔っている。

「夏樹やばそうだから俺達先に帰るよ。お祝いだから会計済ませてくるから。

あとは孝明と2人で飲んでて」

健斗が会計に向かい、坂田は夏樹のために水をもらいに行った。

「夏樹大丈夫?」

「うん。ちょっと寝不足過ぎて目が回る感じ、あははは。そう言えば優に言うの

忘れてた。ずっと言おうと思ってたの」

酔った夏樹が真剣な目になる。なに?もしかしてダメ女に対しての死刑宣告?

喉を大きな塊が通過するような感覚ごと飲み込んで、恐る恐る聞いてみる

「なに?どうしたの?」

「志島さんには気を付けてね。間違っても好きになったりしちゃダメよ」

その言葉の真意を聞こうとした時、健斗が戻って来て夏樹の元に駆け寄る。

 

「大丈夫?立てる?タクシー店の前に居るから行くよ」

夏樹の肩を支えながら、優しい目で夏樹を見ている。その仕草も男らしい。

「ごめんね、優ちゃんの再就職を一番喜んでたの夏樹なんだけど…酔わせて

しまうまで飲ませなきゃ良かったのに、気遣いが足りなくてごめんね」

私にまでしっかり気遣いの言葉を掛けてくれる健斗がすごく大人に見えた。

同い年なのにね。

店先まで2人を見送りに行って、坂田と2人で席に戻る。

微妙な沈黙が2人を包む。こんな時、どんな話題をすれば良いかな?

 

「あと1杯くらい飲んでから帰ろう。優ちゃんの再就職の話聞きたいし」

「え?再就職の話って言ってもまだ働いてないんだよ?」

曖昧に笑う私の顔を、真剣な眼差しでじっと見つめてくる。

「社長さん美形なんでしょ?優ちゃんは何とも思わなかったの?」

「仕事の話をするのに、それ以外の事に頭がいく状態じゃないよ」

大人になれば笑顔で嘘も付ける。仕事の話なんてほとんど頭に入らないくらい

志島さんの顔に見惚れていた事も、美しい顔に逆らえないで採用を断れずに

いた事も…言える訳がない。

「そっか。じゃあさ、俺の彼女って事で」

「え?」

俺の彼女って事でって、何勝手に決定事項の通達みたいな言い方してるの?

普通に考えて「付き合おう」みたいなやり取りはない訳?

口篭ったままで最後の1杯のビールを飲み干した。

 

 

店を出て歩いていると、不機嫌な顔をした坂田に腕を取られる。

「このまま帰すつもりなんてないけど」

「え、ちょっと」

ぐいっと腕を引っ張られ、近くにある公園に連れて行かれる。ドキドキした。

芝生に腰を下ろした坂田は深い溜息をつく。

「返事は?優ちゃんの返事。無言のままなら、彼女になるって事なの?」

苛立ちを含んだ声で、俯いた私の顔をぐいっと自分へと向けさせる。

答えも何も、自分がどうすれば良いのか分からないのに。普通、聞くかな…。

「無言のままだから了承って事で。優ちゃんは今日から俺の彼女ね」

突然芝生の上に体が倒れて、自分の目の前には坂田の顔があって。

気付けば唇が重なって。街灯の光を浴びた坂田の顔を見て気付いたの。

大した顔じゃないなって…。それが問題ではないけれど、ぱっと見は格好良い

けれど、実は髪型や眉毛の手入れの仕方や表情の作り方、そして服装。

そう言った鎧で固めているけれど、実は普通の顔だよなって。

まあ…キスしながら、そんな事を考える私もどうかと思うけれど。

 

そして何より、酔っていた事を言い訳に、そんな状態で坂田の肩に腕を回して

しまっていた自分が一番情けない人間だったりもするけれど。

良い年した大人2人、公園の芝生で寝転んでキス。

どう考えても3流ドラマ的な状況なのに、心が跳ね上がりそうなくらいに…

ときめいてしまったのだけは誰にも言えない。

 

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