― 面接 ― 

 

 

 

着慣れたはずのスーツなのに、面接に向う途中、何度も自分の姿を確認する。

大きなガラスに自分が映る度に、おかしくないかなと不安になる。

不思議。何度も何度も着たスーツなのに。

就職のための面接なんて大学生の頃が最後だからなのかな。

髪型も化粧も、人から見てどう思われるのかばかりが気になる。

履歴書も正しく書けているかな、字は汚くないか…。

考え出したら止まらない不安が押し寄せてくる。

 

小さな一軒家を改築したような事務所が目に飛び込んでくる。

自分が今まで働いていた環境とは大きく違う。

今までは大きなビルで、冷暖房もエレベーターも完備されていた。

休憩室だって、フリードリンクが完備されていて…警備員も居て。

それなのに、今目の前にある会社はボロ家の一歩手前の建物。社用車かな?

軽トラが何台かあって。

正直な感想としては…「冗談じゃない」ってところかな。

けれど正真正銘の人生の負け組代表選手みたいな私が、贅沢なんて言える

わけもない。仕方がなくドアを開ける。

 

作業服に身を包んだおば様集団の視線を集める。

「どちら様ですか?」

どう言えば説明が付くかな。パンチ風の謎のパーマ頭のおば様が寄って来る。

完全に従業員の中のドンはこの人に違いないと感じる威圧感だ。

「面接の件で志島様とお約束させて頂いていました、牧山と申します」

「え?社長が面接?……ちょっと待ってね」

パンチなおば様は、あからさまに怪訝な顔をして私の前から消えた。

ちょっと…何なのその態度?この会社は来客者にため口聞くのかよ!と頭を

かすめる暴言的な思想を頭の隅に追いやった。

笑顔を貼り付けているのも楽じゃない。

無職と言う立場でなければとっくに帰っているわ、こんな会社。

 

「社長あっちの部屋で待ってるから」

パンチなおば様は不躾な態度で、廊下の奥の部屋を指差した。

「ありがとうございます。失礼します」

一応笑顔で丁寧に頭を下げる。絶対…こんな会社に入っても上手くやっては

いけない。いや…無理に決まってる。

 

 

ドアの前に立ちノックをすると「どうぞ」と中から声がする。

大きくもない会社でさ、社長室なのか何なのか分からないけど、待ち構えて?

そんでもって自分でドアを開けて招き入れる事もないなんて。

どんだけ偉そうなおっさんなんだよ、と軽く心で毒づいてから笑顔を作る。

「失礼します」

頭を下げてから、顔を上げて驚いた。

「あのさ…ちょっと助けてくれる?」

そこに居たのは年齢不詳の男が、籐の籠の雪崩に巻き込まれながら、必死で

籠を押さえている姿だった。

「大丈夫ですか?」

抱えきれないくらいの籠に、今にも埋まりそうになっている男の傍に寄り、籠を

落とさないように受け取って下に置く。

「すいません。時々こうなるんですよ。あのババがドアを閉めると大抵崩れる。

まったく…オバさんってのはどうして、ああも加減を知らないもんかね」

 

ブツクサと文句を言う男は、一体何歳なの?と思わせる程の風貌。

綺麗な顔立ち、それはもう美男子とでも言うような顔。年齢的には20代前半?

それで会社経営?と、私の頭の中は妄想が大暴走。

あ、そっか。社長の部下とか。

勝手な解釈をして、一人納得している時、その男が笑顔で頭を下げた。

「牧山さんですよね。遅くなりましたが、ここの代表をしている志島です」

「え?」

思わず出た言葉。超マイナスだよね。面接に来て、社長の顔を見てえ?って。

女子高生以下の反応の仕方だよ…と、後悔の念が押し寄せる。

「驚くよね?こんな身なりで社長って言うのもね。童顔だし服装もこれだし」

にこりと綺麗な顔を向けてくる。確かに…ジーンスにTシャツだし、何よりもその

顔が年齢不詳で驚いたんだけどね。それだけは言えないよね。

「あ…すいません。こんなにお若い方だと思っていなくて」

「若い?これでも今年で35だよ。もっとオッサンが出てくると思った?」

「35才ですか?」

素っ頓狂な声が響いた。いや…どう見ても10才上にサバ読んでいるとしか…。

 

「牧山さんって、さすが夏樹ちゃんの友達だね。面白いよ」

座るように勧めながら、志島は私を見て本当に可笑しそうに笑っている。

「すいません…失礼ばかりですね」

「いや気にしないよ。夏樹ちゃんみたいな感じの気を遣わないタイプの人間が

会社に欲しいと思っていたし。堅苦しいのダメなんだよね」

履歴書に目を通しながら志島は真剣な顔をしている。

その目力だけは、確かに年齢的な重さを感じる。けれどこの綺麗な顔は…。

ぷるぷるの肌に髭も目立たないつやつやな感じ。髪の毛もサラサラだし。

あまりの綺麗さに見惚れてしまいそうになる。

「前職はどうして辞めたの?6年も働いていたんでしょ?」

志島の質問にリストラされた事などを話した。

 

「リストラか。大変だったんだね。で、働くとしたらいつから来れる?」

「えっと…」

まさかここで、この会社で働くのは無理ですとも言えない状況になりつつある。

さっきの威圧感たっぷりのおば様達と一緒に休憩とか?無理。

絶対に無理。出来ればここで「残念ですが…」とか言い出して欲しいくらいだわ。

「牧山さん事務経験あるみたいだし、出来れば早めに来れると良いと思って。

是非お願いしたいんだよね」

綺麗な顔立ちの志島が、今一番欲しくない言葉を、それはもううっとりしそうな

綺麗な笑顔で言い出した。

「はい、来週から」

その綺麗さに見惚れるように、勝手に口をついて出た言葉。

って…私なにやらかしている訳。

「良かった。じゃあ月曜の朝9時から出て。服装はラフなもので良いから」

給料や諸条件はこの書類に書いてあるからと、契約書類などを渡された。

「どうもありがとうございます」

頭を下げて部屋を出ると、玄関まで志島が送ってくれる。

 

パンチなオバ様と、マッチ捧みたいなおばさん、性別不祥な多分女と思われる

20代くらいの女がこっちを見て、こそこそと話をしている。感じ悪い…。

「じゃあ、気を付けて帰って下さいね」

真っ赤な夕焼け空の、赤い夕日を浴びた志島の顔は、まるで映画の中に出て

くる役者のように美しい。

「来週からお願いします」

なんて心にもない事が、ついつい口から出ている私がいる。

だめだ…私、美形にこんなに弱いなんて知らなかった。

色んな意味で自分自身に完全ノックアウトさせられた1日だった。

 

もう本当、自分…最悪。

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