― 再就職しなくちゃ… ― 

 

 

 

仕事もない私に突きつけられた条件は甘くない。

母から一方的に毎月家に入れる金額が提示された。

月々6万円。それが安いのか高いのかは分からない。けれど今の私は無職。

その金額が『分かったわ』と素直に言える金額ではないのは確かで。

 

「そんなに払うなんて無理だよ」

「じゃあ、もし実家で暮らしていないで無職になったら、家賃を払わないの?」

「……それとは話が違うと思うよ」

「違わないと思うわ。人生のトラブルの時にどう生きるかって考えもなかった?

誰だって躓いたりする。その時どう生きるか考えないまま、人に甘えるの?」

結局、母の言い分に反論する術もないまま。

売り言葉に買い言葉。払えば良いんでしょ?と開き直って喧嘩になって終わり。

貯金だってあるし、失業保険だってあるんだから大丈夫に決まってる。

いきなり私の育て方を間違ったと思い始めた母を見返す方法。

どうすればしっかりしているって思ってもらえるのかな。家事を完璧にこなす?

それとも早く仕事を見付けてしまえば良いのかな。

 

 

『根本的な考えを変えなくちゃ意味がないんじゃないの?少し甘いと思うけど?

親元から出ないでいるせいなのか、優には焦りが感じられないんだよね』

受話器の向こうの夏樹は淡々と語っている。

「甘い?これでも普段は家事結構やってるんだよ?そりゃ出来ない事もあるし

大変だって実感したのは最近だけどさ…」

『家事が出来ないって結構究極じゃない?だってさ、自分が生きて行くために

必要な事が出来ないって事だよね?それを今までお母さんがしてくれていて、

優はそれに甘えているだけだった事に対して何も思っていないんだよね?』

洗濯とか、最低限自分で出来る事をしなかった自分を否定されるのは当然の

事なんだよね。でも、母がしてくれていた事に対して感謝していない訳じゃない。

もちろん…失業して自分でやるようになって、初めて面倒な事だと知ってから

感謝し始めたのは確かだけど。

夏樹はそれが甘いと言う。そんなのはとっくに気付くべきだったんだと。

『お母さん働いているんでしょ?仕事前に洗濯して、仕事が終わってから家事

してって本当に大変でしょ。それなのに娘は一切手伝わないんだよ?自分なら

どう思うかな。それが例えば彼氏だとしても、手伝って欲しいとか思うでしょ』

 

電話を終えてからも夏樹の言葉がぐるぐると頭の中を回る。

確かに夏樹の言う通りだよな、と考え至るまでかなりの時間がかかった。

自分が今している家事にプラスしてフルタイムで仕事して…って想像出来ない。

普段から感謝しているつもりでも、その大変さを理解しようとまではしていない。

そこが甘いと言われればその通り。そしていつも言い訳していた。

『そんな風に甘えて生きているのは私だけじゃない』と。

確かに私よりも甘えて生きている人間だっている。けれど、私なんかじゃ足元

にも及ばないくらいに努力している人間だって多くいる。

結婚して子供を生んで、なおかつ仕事を頑張っている人間だって沢山いるし、

そうでなくても仕事や趣味に頑張りながら生きている人間だって多い。

いつも自分より下と比較して、まだ自分は大丈夫だと言い聞かせて安心して。

 

悔しいから見返したい。

しっかりしていかなくちゃ、なんて考えると不安が押し寄せる。

『仕事決まらないのに…』と言い訳を考えている自分が浮かぶ。

そう言えば、前に夏樹がくれたメモ。どうしても仕事が決まらない時は連絡を

してみろって言ってたっけ。

バックのポケットにしまったまま忘れていたメモを取り出した。どんな職種かも

知らないまま面接して欲しいとかは無理に決まってる。

ネットで会社名を検索してみると、雑貨の輸入をしている会社だと分かった。

円高の今、売り上げ的には黒字計上のようで、サイトにも【職員募集】の旨が

記入されている。事務員を募集しているようだった。

 

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朝起きて朝食の準備で下に降りて行くと、既に母は朝食の準備をしていた。

「おはよう、早いね」

「早くないわよ。今から準備していたら間に合わないのよ?」

優しい口調ながら母の表情は硬い。昨日言われたばかりなのに、翌朝には

既にダメ出しされているあたり、私の行動は反省のなさを相手に実感させて

しまうんだろうな。

 

ふて腐れた顔のままでお弁当の準備を始めた。

作り始めてみると結構時間がかかった。玉子焼きを焼いたり、他にもおかずを

作って入れるだけだと思っていたけれど、30分近くかかっていた。

『お弁当は5分で作れちゃうし』

よく会社でそう話していた人がいたけれど、私には出来ない芸当だわ。

「前に、お弁当を作るのは5分で出来るって話してた人がいたの。それなのに

私は30分近くもかかる。ダメだね」

苦笑いをした私に母は優しく微笑んだ。

「優だって5分で作ろうと思えば出来るよ。冷凍食品詰め込めば出来るわよ。

だけどお母さんの考えでは冷凍食品を入れるとの、お弁当をコンビニで買うの

大差ないような気がするの。ハンバーグ作る時にね、お弁当用にも小さいのを

何個も焼いて冷凍しておく。その方がずっと経済的なのよ」

母が話してくれたお弁当のおかずをあらかじめ作っておく作業は、凄く勉強に

なった。確かに、毎日の食事+お弁当までとなると負担が大きい。

けれど晩ご飯のおかずを、あらかじめ余分に作って冷凍しておけば簡単だし、

何より経済的な負担でみれば、冷凍食品を買うよりも随分と安上がり。

一人納得してお弁当を母と父に渡した。

 

2人を送り出してから、朝食の片付けに洗濯、掃除と家事をこなした。

時計に目を向けるとすっかり時間は過ぎていて、午前9時を過ぎていた。

主婦ってこんな感じか、なんて妙に考え込んだ。凄く大変だなって思う。

これに育児が加わったら…想像も付かないくらい大変なんだろうな。

そんな考えにふけっていたけれど、はっと現実に戻る。

そうだ、電話しなくちゃ。

慌てて自分の部屋に行き、携帯を取り出してボタンを押した。

電話が繋がるまでの数コール、心臓が大きく音を立てる。

 

『はい、志島です』

「あの、沢山夏樹に紹介されて―――」

『夏樹ちゃんの知り合い?電話くれたって事は仕事探してる?』

「はい…。あの、もし良ければ面接をして頂けたらと思いまして」

すると志島は夕方に会社に来て欲しいと告げる。お礼を言って電話を切った。

まだ履歴書も書いていない。慌てて履歴書を書き始めた。

 

バタバタと夕飯の買い物を済ませ、夕方前には準備を終えた。

慌てて着替えて準備して、数年ぶりの面接に嫌でも緊張する。

家のドアに手を掛けた時、震えている自分の手。深呼吸を一回してドアを開く。

 

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