― 過去の男との別れから ― 

 

 

 

勝博と最後に会った日から携帯は着信拒否にしてある。

メールも受信拒否にしている。連絡を取りたくなかったから。

産婦人科に受診に行った。一人きりで。沢山の妊婦が夫婦で待合室にいる中、

私はたった一人。一人ぼっちで自分の名前が呼ばれるのを待っていた。

「牧山さん、牧山優さん」

看護師に呼ばれ、私は診察室に入る。

最終生理日はいつか、避妊の有無は、など医師がしてくる質問に答えた。

「じゃー受診台へ」

カーテンで仕切られた冷たい診察台に乗る。すごく苦痛だった。

喜びの気持ちでもあれば乗り切れるような状況なのかも知れないけれど、私は

絶望的な気分でいっぱいだって言うのに。

 

「着床出来なかったようですね」

医師の言葉が理解出来なかった。

「妊娠って本当に難しいし可能性が低いものです。今回あなたの生理が遅れて

検査薬でも陽性が出ている。けれど胚のうが確認出来ない。ただ最終生理から

計算しても合わない週数だから、ストレスとかで生理が遅れた上に科学流産で

一層生理が遅れた感じかな」

医師はエコー画像を差し出す。

「これがあなたのエコー画像。何も写っていないでしょ?妊娠だったらここに丸い

黒いものが写ります」

頭の中で理解できない事が駆け巡る。

結局は妊娠しかけていたけれど、着床が完了しなかったという事らしい。

子供も私と勝博の間に生まれたくなかったのかも知れない。

親になるには早いのだと言っているのかな。未婚で不倫。子供を生めば皆を

苦しめると分かっている。そう、子供自身も悲しい思いの中で育つ。

これで良かった。そう言い聞かせるのに、心の中に穴が開いたように空しい。

私には何も残らない。悲しい想いと悔しさは残るけれど、他には何もない。

勝博は帰る場所がある。私には行き先がない。

これが現実なんだよね。もっと早く気付けば良かった。全てのリスクに。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

勝博との別れから2ヶ月が経っていた。

生きる事に喜びも感じられなければ、楽しみさえも見付からない、そんな毎日。

そんな私を見兼ねて夏樹が遊びに誘ってくれた。

「ちょっとこの後食事に行こう」

散々ショッピングした後、荷物をコインロッカーに詰めながら夏樹が笑った。

連れて行かれた店には男が4人。夏樹の友達の女が2人待っていた。

合コンだった。今はそんな事をしている心境じゃない、なんて思っている気持ち

完全に察知しながら夏樹はスルーした。

「今みたいに家にこもって腐ってる優なんて、勝博さんが例え迎えに来てもひく。

魅力のない女なんて価値ないよ?人と話して笑顔を取り戻す。その中で何かを

見付けながら生きてみれば?それで勝博さんが一番って思うならその想いを

全うすれば良いだけでしょ」

人生恋愛主義の夏樹の言葉に押され、結局合コンに参加した。

その時、幸治と出会った。

 

私と幸治はまるで借りてきた猫。

皆がきゃーきゃーと盛り上がるのを横目に、ただ頷いて、相槌を打つだけ。

「優ちゃん楽しくないでしょ?」

向いの席に座った幸治が、他の人に聞こえないくらいの声で聞いてきた。

「え…っと、幸治くんもでしょ。さっきからそんな顔してる」

「やっぱり?でも良かった、俺だけじゃなくて。苦手なんだこういうの」

1時間以上も皆でわいわい盛り上がっていたというのに、幸治の笑顔はこの時

初めて見た。真面目な人なんだなって思った。こんな真面目な人なら長い時間

共に歩んでいけるのかな?2人の女性を騙し続けていくなんてきっとないよね。

勝博と幸治を比較している自分がいる。

勝博のような言葉だけで愛を見せかける男なんて、傷付くだけだから。

真面目で地味でただ優しいだけの人となら、平凡な幸せが得られるのかな。

そんな、打算的な考えが頭の中を占領していた。

 

最後に皆で連絡先の交換をして合コンは終わって。

その日のうちに幸治にメールした。

『幸治くんが居てくれて良かった。つまらないって思ってる人間が私以外にも

居たから、何だか嬉しかった。私一人じゃないんだって思えたから』

返事が来なくてもまーいっか、くらいの気持ちで送信ボタンを押した。

『俺も優ちゃんがいたから、作らないままでいられた。今時、優ちゃんみたいな

真面目な女の子いるんだって思って少し驚いた』

幸治からの返信には真面目な女の子≠ネんて言葉があった。

違うのに。ただ冷めていただけ。ただ…心のどこかで勝博と他の人を比較して

心を閉ざしている自分がいただけ。最低な男だと気付いた今でも。

 

 

その後も、数日に一度のペースでメールのやり取りが続く。

出会ってから1ヶ月くらいしたある日、映画館の前でバッタリ再会。

たまたま、どうしても見たい映画があった。一人でも良いから見たくて出掛けた。

もう一人には慣れていたから。

「あれ?優ちゃんだよね」

「幸治くん!どうしたの?こんな所で会うなんてビックリだね」

幸治は少し照れたように笑う。

「映画見ようと思って来たんだ。一人で映画見るなんて暗いと思うよね」

「思わないよ。だって…私も一人で見に来たんだから」

幸治は驚いたような顔で私を見る。手にしていたチケットを幸治に見せる。

「ほら、大人1枚。寂しい女でしょ?」

「女の人で一人で映画って珍しいね。もし良かったら一緒にどう?」

私と幸治は2人並んで映画を見る事になった。並んで座って一つの画面を見て。

会話なんてしないまま2時間以上経っていて。

 

「すごく良い映画だったね。でも、前作も良かったなー」

「え?優ちゃんってもしかして、このシリーズ結構好き?」

「全部DVD持ってるくらい好き。もしかして幸治くんも?」

映画の話で盛り上がって、ひとまず立ち話では語り切れないであろうという勢い。

2人で喫茶店に入って映画の話から、好きな小説の話、互いの感性が似ていて、

話していて面白いと感じた。

 

映画の話で盛り上がって、また今度別の映画を見に行こうと誘われた。

デートする相手も居ない、友人の結婚ラッシュで休日に遊ぶ人も減り始めていた

時期だったから即答でOKして別れた。

そうやって、幸治と私の時間が始まった。

 

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