■□ ターゲット2 #8 □■
『もうお前なんて友達じゃない』
メールで突きつけられた、高利からの絶縁状。
高利が怒るのも無理はない。俺が作り上げた高利と千佳の終わりの瞬間は、最低で最悪だったから。
「んで、こんなシナリオ実行しちゃって問題ないわけ?あれだけ鼻息荒く親友だ!ってムキになってたクセに」
いつもの杉山の嫌味も、これから実行しなくちゃいけないシナリオで頭がいっぱいで構ってなんていられなかった。それが一層杉山を苛立たせるようだ。
「聞いてるの?」
顔を覗き込んできた杉山の目をじっと見つめる。無表情で目を見つめると、一瞬杉山がたじろいだように見えるけれど、
この女に限ってはそんなに神経の細い人間ではないし勘違いだろうな。
それにしても鬱陶しい事この上ない。
「聞いてない。って言うか、聞くつもりなんてないけど?」
少し首を捻りながら、可愛い子ぶった女のように顔を近づけて覗き込む。半分、いや9割はバカにしての態度。
それで怒り出して構わなくなってくれれば、その方が都合が良いから。
「そんなに顔近づけないでよ」
胸をドンと突かれて、杉山との間の距離が離れる。
そのまま杉山は、ふんっと怒った様子で事務所のドアを叩きつけるように閉めて出て行った。
「本当、面倒臭い女」
俺の独り言を山田は笑って聞いている。
「あまり杉山を怒らせるなよ。ただでさえ扱いにくいんだから。それに将哉の事好きなんだから、優しく構ってやれよ」
「は?俺の事を好きだって?ない。それは絶対にない。いつも嫌味しか言ってこないんですよ?可愛らしい一言もないし、態度もあんなんだし。
あれのどこに好きって態度が潜んでるって言うんですか?」
山田の言葉に驚きながらも全否定してみた。普通に考えてもあり得ない。
あのふてぶてしいまでの嫌見っぷり。それに、今までのターゲットに対しての非情な発言の数々を振り返っても、杉山は人なんて愛さないと思う。
「分かってないな。杉山はトラウマの固まりなの。トラウマにがんじがらめにされた可愛気の全くないタイプなの。それでも全身でアピールしていると思うけど?
全ての行動に『将哉大好き!』って出てる気がしない?」
悟り切った顔で言われた山田の言葉に、ひとつもピンとくる箇所がない。
「それ、山田さんの勘違いですよ絶対」
強制的に話を切り上げてターゲット、高利と千佳の最後のデートへと向う。
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「じゃあ行くね。後で」
ふわりと揺れるスカート。千佳がワンボックスカーを降りて、高利との待ち合わせに向った。
「良いのか?まだ取り返しはつくぞ?」
「いえ、良いです。計画通りいきます。変更はしません」
そうか、と山田が溜息をついた。それ以上、山田は何も言わないでいる。いや、何も言わないでくれている。
「じゃあ、俺も行きますね」
「おう。ここで待ってるからな」
車を降りて千佳と高利の居る場所に向った。
2人はこの辺りで一番大きな公園にいる。きっと今日、高利は千佳に付き合って欲しいと言うに決まっている。
『話したい事があるんだ』と千佳にメールをしてきたから。
公園のボート乗り場に近いベンチに腰掛けている2人の姿を捕らえた。
周りには人影もまばらで、告白するには良い場面。まるで作り上げられたドラマのように綺麗過ぎる場面だ。
高利らしい。今時、メールや電話でいくらでも告白出来るって言うのに、わざわざ場所や設定にこだわるところは学生時代と変わっていない。
ずっと、ずっと変わらないでくれたら良いと願う気持ちが込み上げる。
けれど、そんな高利の過去とのつながりを変えたのは、間違いなく俺なんだよな。
だからこそ、もう2度と大切な者を簡単に失ってしまわないように、心に大きな傷を与えてしまいたい。
もう誰にも騙されたりしないように。
もう偽者を掴んだりしないように。
「俺、千佳ちゃんと付き合いたいんだ」
高利の声が聞こえた。真っ直ぐに千佳の顔を見て言う姿に心が痛まない訳ではない。
それでも、千佳にはその気が全くないのも、今こうして2人が一緒なのも全てが幻想で真実ではないと知ってもらわなくちゃいけない。
「私…高利くんとは付き合えない」
千佳が言い終わったと同時に2人が腰掛けるベンチの後ろに着いた。けれど、高利は俺の存在に気付かないでいた。
「そっか…彼氏か好きな人いるとか?」
「うん。好きな人いるんだ」
千佳の言葉が終わると、俺は声を掛けた。
「いよ、邪魔するぜ」
「なんで…将哉がここに居るんだよ」
驚いた顔をした高利の目を見ながら、千佳を後ろから軽く抱き締める。
「俺の彼女を迎えに来ただけ。悪いね、千佳は俺の女だから」
「はは、何の冗談だよ」
乾いた笑い声が響く。腕の中におさめた千佳の髪に顔を埋める。甘い香りが心地良い。
「冗談なんかじゃないけど。千佳の笑顔も、唇も体も、触れる事が許されるのは俺だけ。そうだろ千佳?」
俺の問い掛けに千佳は小さく頷く。
「いつから…いつからだよ!俺が千佳ちゃんを好きだって知ってて黙ってたのか?」
「ムキになるなよ。恋愛なんて選ぶか選ばれるかだろ?たまたま同じ女を好きになって、たまたま俺が選ばれた。それだけだろ?」
怒りで顔を真っ赤にした高利が拳に力を入れて握り締めている。もし学生だったら、その拳が飛んで来たのかも知れない。
「ごめんなさい」
千佳の小さな呟きに高利が返事をする事はなかった。隆俊はそのまま踵を返し歩き出した。
去って行く高利の背中はひどく寂しそうだった。
「こんなシナリオにしなくても良かったのに。友達でしょ?修復出来なくなっちゃうよ。私が最低な女を演じればそれで済んだのに」
千佳の手が頬に触れた。
その温かくて白い手に、妙に安心させられた。気付けば一筋の涙が落ちる。
「大切な友達だったんだ。だから…2度とこんな風に人に騙されて生きて欲しくなかった。だから傷を深くしたかった。
それに…彼女の気持ちも知って欲しかった。彼氏の心変わりを目にした羽衣の気持ち、全く気にしてなかったアイツを許せなかったんだ。友達だから」
千佳の腕に優しく包まれた。
「将哉、辛かったね」
たったその一言に、心の奥にある全てのモヤモヤが吸い込まれていくようだった。
「ごめん高利。ごめん羽衣」
やっと素直に言葉に出来た想い。
その言葉が2人に届く事はないけれど、俺はその言葉を何度も呟いた。
『もうお前なんて友達じゃない』
高利から届いたメールに返事は出来ないままだった。
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2人目のターゲットが親友で、最低なシナリオで擬似恋愛を終わらせて、心の中の傷は最大で。
けれど現実は常に無常で非情だ。
「将哉、新しい仕事よ。資料に目を通して」
杉山に渡された資料に目を通さずに机の上に投げつけた。
その俺の態度に腹を立てた杉山が近付いてくる。
「何なのその態度は?」
その苛立たしいまでの、母親に似た言い方に頭に血が上った。
「お前こそ何なんだよ?」
腕を掴んで壁に押し当てた。
杉山の顔が赤くなり目を伏せられた。初めて見た杉山の女の部分に更に苛立ちが増す。
そのまま顔を近づけた。
「ねえ、杉山さんは何でいつも俺に突っかかるの?」
唇が触れ合いそうな程の距離で言葉を発した。自分が壊れていくような気がした。
2009.09.18
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