■□ ターゲット2 #7 □■



 街灯も少ない道の先に、一軒の小料理屋が見えてき
 立派とは言えない古びた日本家屋。きっと中からは海が見えるのだろうと容易に想像の出来る外観だった。
 「ほら、居るぞ」
 山田が指差した先には小料理屋と道を挟んだ山道に車が停めてある。真直は運転席に居た。

 「将哉、会長を迎えに行け。俺はこのまま戻るから。会長が俺達に気付いてなさそうだったら、俺が連れて来たとは言うなよ」
 車を降ろされた。山田は運転席から笑顔で手を振り、そのまま消えていく。一体…俺にどうしろって言うんだよ。 渋々真直の車に向った。運転席の真横に立って初めて真直は俺の存在に気付いたようで驚いている。

 「将哉、どうしてここが分かった?」
 「さあな。友達だからじゃねーの?」
 山田の言葉通り、真直は俺達が来た事にさえ気付かすにいたようだ。別に寝ていた訳でもないのに気付かないなんて…。 呆然とした様子の真直は明らかに普段と様子が違う。けれどその理由を聞く事さえはばかれる気がする。

 「そろそろ戻ろうか?それともこの小料理屋に用事あるのか?」
 「将哉、頼んでも良いか?」
 真直がゆっくりと差し出したのは1枚の大きな包み。これを店の中に居る女将さんに渡してくれと言う。 そう頼んできた真直の表情を見れば何か理由があるのは分かるけれど、何となく聞けない雰囲気がそこには漂っている。

  近代的とは言えない引き戸を開けると、若い女が出て来た。女将さんに会いたいのだと告げると、カウンターの中にいた女性に声を掛けた。
 「いらっしゃいませ。初めての方ですよね?」
 40代前半くらいだろうか。女将という女性は和服が良く似合う、綺麗な人だ。
 「あの、これを届けるように頼まれました」
 「もしかして…」
 真直から受け取った包みを彼女に渡す。驚いたような顔をした彼女は、その場で包みを開いた。 出てきたのは高級感溢れる大きな皿だ。陶器の良し悪しなんて分からない俺でも、安物じゃない事は分かる。

 「あの、この皿を下さった方にお伝えいただけないでしょうか。もう10枚になりました。お元気でしょうか? たまにはお顔を見せて下さい、と」
 「はい、伝えておきます。それでは失礼します」
 一礼して店を後にして真直の車に戻った。

 車が走り出してからも真直は『どうだった?』とは聞いてこない。無言のままで車は走る。 右手に海、左手には急斜面の森林がある、山沿いとも海沿いともつかない道を車はただひたすら走るだけだ。
 「皿渡した時に伝言を頼まれたんだ。『もう10枚になりました。お元気でしょうか? たまにはお顔を見せて下さい』って」
 「そうか。もう10年か」
 それ以上真直が何かを話す事はなかった。そして俺も何も聞けないままだった。

 10年? 皿が10枚で10年。もしかして毎年、真直はさっきの小料理屋に皿を持って行っているのだろうか。
 無言が続く車内で気付けば寝てしまう。真直と一緒に居る時間は、どんなに重苦しく感じるような事があっても不思議と落ち着く。 真直に与えられる居心地の良さに急速に惹かれ始めたのはこの頃から。
 飲み友達から一歩先に進みだすきっかけの一夜だった。


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 羽衣と2人で食事をした日から1週間ほどが経過していた。
 高利は俺と羽衣が会った事を知らないままでいる。そして千佳とは頻繁に連絡を取っていると報告が入る。 余程千佳に惹かれているのだろう。彼女である羽衣には3日に一度程、メールを送るくらいだと言うのに。

 『今日、千佳ちゃんと会う約束をしてるけど来れるかな?』
 受話器の向こうから浮かれた高利の声が響く。
 「仕事次第だな。行く店をメールしておいてくれよ。仕事が早く終わったら連絡するから」
 『分かった。じゃあメールするから』
 電話を切った後、溜息が漏れる。

 浮かれた声の高利にちょっとした苛立ち。 俺が抱えている罪悪感も、羽衣が抱えるであろう傷も、今の高利には関係ないのではないか?と思える程のはしゃぎように、 戸惑いを感じると同時に湧き上がる歯がゆさ。
 騙されてんじゃねーよ。
 自分が騙している人間の一人なのに。身勝手にもそう思ってしまう。人の事をもっとちゃんと見ろよ。 行き先も出口も見えない、身勝手な意見を心に抱く俺はこの世の中で、最低の部類に入る人間だろう。

 山田と話し合った結果、今日の高利の誘いには乗らない事になった。
 2人の距離を縮めてもらうと島崎が言い出したからだ。島崎の意見に安心した。苛立ちを抱えたままで高利に会うのは嫌だった。 いつものように調査員2人組み山田と杉山、そして俺の3人でワンボックスカーの中に居た。
 山田はノートパソコンに調査内容を淡々と打ち込んで行く。 杉山は時々車を出2人が入っている店に入ったりしながら、高利と千佳の写真を撮ったりしていた。
 俺は別にする事なんてあまりない。本当にサポート程度。本来ならこの場に居る必要なんて皆無。 それでも連れて行って欲しいと自分から頼み込んだからには手伝わないと。
 そうして色々と山田のサポートをしている時だった、ふと視線の先に見覚えのある姿が飛び込んできた。

 車に戻ってきた杉山にデジカメを貸してくれと頼んだ。 夜間でも撮影できる高感度カメラに望遠レンズを取り付ける。そして店先にある見覚えのある姿をファインダーに納める。
 画面に映し出された顔は紛れもなく羽衣だった。
 「やっぱり…」
 「あれ?これ依頼者の娘じゃないのか?」
 画面を覗き込んできた山田は驚いた様子だった。

 「きっと彼が別の女に惹かれているのに気付いて、尾行してみた感じかしら?それともGPSで居場所を調べたとか」
 「結構GPS埋め込み物も進化してるし、携帯のGPSも恋人同士でチェックしたり出来るようにしてる人もいるしな」
 杉山と山田の会話は俺にはしっくり来なかった。羽衣はそんな事をする人間ではない。
 ただ、高利の行動が怪しい事には気付いていたに違いない。 事前に『仕事で飲み会』みたいな言い訳を聞かされて怪しんだ。だから会社から出る高利を尾行してみた、そんな感じだろうか。
 夜の街でネオンと看板に囲まれた歓楽街の一角。夜風にさらされながら立ち尽くしている羽衣の姿が痛々しかった。

 「俺、ちょっと行ってきます」
 「行ってどうする?」
 山田に腕を掴まれた。山田の目は心配そうだ。
 「もし彼女が、千佳と高利が一緒に店を出てくる所を待っていて、修羅場になったりしたら大変です。 計画がそこで終わるかも知れない。彼女にバレたと知れば、高利が千佳に会う事がなくなるかも知れないから」
 「じゃあ、将哉に彼女の事を頼んで良いか?この計画が無事に進むように」
 「はい。任せて下さい」
 車を飛び出して、羽衣の隣に立った。

 「なーにしてんだ。こんな所で」
 「将哉こそこんな所でどうしたの?待ち合わせとか?」
 驚いた様子の羽衣は不安を抱え込んで日々を過していたのか、目の下にはクマが出来ている。表情も疲れが出ている。 その頬に手を当てていた。無意識だった。あまりにも辛そうな顔をしている姿に心が痛む。
 「たまたま羽衣見付けて。疲れた様子だし。何かあった?」
 「彼氏を疑うなんてどうかしてるよね?今もね…高利の事が知りたくて、ここに居たんだ」
 無理に作った笑顔。けれど今にも涙がこぼれ落ちそうな目が、羽衣の本音を十分な程に表現していた。 その肩に手を当て、俯いた羽衣の顔を覗き込む。
 「抱え込むくらいなら相談してくれれば良かったのに。一人で辛い気持ち抱え込んでしまう前に話してくれれば良かったのに。 そんな切なそうな羽衣の顔見たら放ってなんておけないよ」
 ずっと一人で不安を抱えていたのだろう。その目から大粒の涙が零れてしまう。

 泣いている羽衣を連れて、古びたビルの屋上に上がった。
 そこは街中の喧騒に囲まれつつも異世界であるかのように、現実からは隔離されたような世界感に包み込まれている。
 ビルの屋上に祀られた社。誰も居ない、ほんのりとライトアップされた幻想的な景色。古びたベンチに2人並んで腰を下ろした。 羽衣の涙は止まり、目の前に広がるビルの上の神社≠ニ言う不思議な空間を捕らえていた。
 「吐き出しちゃえば?」
 「私、結構嫉妬深い人間みたい。この前、高利が女の人と一緒に居るの見てから不安だった。高利に聞く勇気もなくって。 今日は『会社の人と飲みに行く』って言ってたけど様子がいつもと違うから、最低な事だって分かってたけど… 高利の会社の前で待ってた。でも高利は一人で出て来て、この近くで待ち合わせしてた。この前の女の人と」



 冷えた空気が頬を撫でる。
 緊張と複雑な心境が入り混じる心は、今にも張り裂けそうだった。目の前に居るのは確かに三田羽衣で。大学の時からの大切な友達。 その大切な友達の目に涙を浮かばせたのは俺なんだ――――その現実の重さに息苦しくなる。

2009.09.04
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