■□ ターゲット1 #1 □■



「将哉、今回のターゲットの資料だ。今日中に全て目を通しておけ」
 実行役の俺に分厚い資料を手渡したのは、山田逸男と言う調査員だ。山田も本名かどうかなんて知らない。
 綺麗にファイルされてある資料を開くと、1枚目にターゲットの写真と名前などが詳しく記載されている。 そこにある写真には綺麗で、洗練されているキャリアウーマンという印象の女の顔がある。

 横山真澄・32才。大手アパレルメーカーに勤務する、1流大学出身のまさにデキる女。
 そしてその会社の副社長の愛人になって2年。その副社長は数年後には社長になる人物らしい。

 今回の依頼者は副社長の妻。
 2年後に子供の高校卒業を控え、離婚危機を感じている様子だった。
 個人的な財産は数億円を超え、この先社長に昇進すればその財産はさらに増えるのは容易に想像がつく。
 妻からすれば、40代半ばを過ぎたばかりの旦那が、子供の独立を目前としたこの時期に離婚が頭を過ぎってもおかしくないと、 焦りを感じているのは当然と言えば当然だ。
 今まで20年もの時間、仕事一筋に生きた旦那を影で支え続け、旦那の子育てに対しての不理解や我侭、 そして帰宅の遅い事への不満などに懸命に耐え抜いた時間は、わずかばかりの慰謝料で納得の出来るものではないと息荒く話していたそうだ。

 ターゲットの横山真澄は母子家庭で育ち、中学・高校と成績トップで卒業し、大学は奨学金制度を利用し卒業。
 そして、生活費はホステスをして稼いだ苦労人だ。
 ホステスをしていた経験からか、男に対しての猜疑心が強く、どちらかと言うと男を利用しようという考えが強いと分析的な一文が書かれていた。
 数々の人間からのリサーチの結果、男の好みの顔立ちが一貫しているらしい事が分かる。理由として過去の恋愛を引き摺っているかららしい。

 ホステス時代に一度だけ、本気で客を愛してしまった横山真澄はその男を忘れていない。
 まだホステスとして働いて間もない、18才の頃に出会った男。その男は、単身赴任中に横山真澄と不倫関係を持ち、 大学を卒業してホステスをしなくて良くなる頃までには妻と離婚し、必ず迎えに来ると告げ、1年半の不倫生活を終え家族の元に帰りそのまま音信不通。
 2ヵ月後、横山真澄が探し出した時にはその男は事故で他界していたらしい。
 家族の元に戻ってすぐ、高速での玉突き事故に巻き込まれて突然の他界。妻に離婚を切り出したかどうかなんて、横山真澄に知る術はなかった。
 彼女の中で、その恋愛は神話に近い形で、美しく儚い綺麗な思い出になっているに違いない。
 その後の恋愛は、その男に似た人間ばかりだ。20才くらいの勉強ばかりして恋愛慣れもしていないホステスが、上手な恋愛なんて出来る訳がない。
 甘い言葉と煌びやかな空間で囁かれる愛の言葉が、どれだけ真実の愛と遠いものなのかを知る頃には、何人もの男に裏切られて捨てられるを繰り返した後。
 そこから横山真澄は男を信用せずに生きている。
 自分の心を犠牲にしないように、強がりな心で自分の心を殺し、人を本気で愛さないように無理をしているのではないかとさえ思える。

 調査結果の資料に書かれている内容を頭に叩き込みながら、人って信用出来ないなとしみじみ考え込んでしまう。
  横山真澄の過去について語った人間の多くは、横山真澄と同じ店でホステスとして働いていた女とその店のママだ。
 同じ時間を共有し、その当時の横山真澄の苦労を目の当たりにしながらも、わずかな報酬で簡単に口を割ってしまうのだから。
 それが例え、今は連絡を一切取っていないからにしろ、人間とは案外冷たい生き物なのだと思ってしまう。

「将哉、明日から調査員と同行してターゲットとの自然な出会いを実行するから。明日までに用意しておけ。 それと、これがお前の名前と身分証名用の免許と名刺だ。偽造だからなくすなよ。警察に届けられたら厄介だからな」
 山田逸男は一枚の免許証を差し出す。

 そこには斉藤祐輔と書かれた名前と、見慣れた自分の顔がある。
 違和感を感じながらもそれを受け取る。ターゲットの前では俺は佐々木将哉ではなく斉藤祐輔と言う人間で、IT関係の会社に勤務する男を演じる。
 実在する会社だけれど、その会社自体は代表取締役こそ別の人間が就いているが真直が経営する会社だ。
 斉藤祐輔は実在の人物。もし何かあって警察が介入しても、名前を語られたと言い張れるようにしてある部分は脱帽だ。


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 ターゲット・横山真澄との出会いは通常の状態では無理だと判断された。 横山真澄は会社と自宅の往復以外は、恋人と会う以外の外出はほとんどない。
趣味もないようでスポーツクラブに通うなどの、外部からの接触はほとんど考えられないとの事だった。
 

 「今回は少し手荒なシナリオにしましょうか」
 ジリジリと暑い夏の日差しがブラインドの隙間から差し込む応接室。 別れさせ屋のシナリオを描く女、島崎紀子が横山真澄の調査書類に目を落としながら呟いた。

 山田逸男は島崎紀子の顔を覗き込みながら「島崎さんに全てを任せます」と言葉発した。
 島崎自身も元は実行役の一人だったと言う。現在は40代半ばくらいだろうか。
 それでも実年齢よりも若く見えるような妖艶さを持ち合わせている。綺麗に化粧がされ、服装も完璧だ。
自分に似合うものが把握出来ているかのように、スタイルを綺麗に見せる服を着ている。  それが嫌味でないあたり、本田千佳と同じ種類の人間であるように思える。

「じゃあ、こんなシナリオいかがかしら」
 柔らかな笑顔で切り出された内容は、その表情とは似つかわしくないもの。

「良いですね。将哉以外の人間の手配はこちらがしておきます。実行は今夜、ターゲットの帰宅時にしましょう」
 山田逸男は、島崎が提案したシナリオをメモしながら必要な人数の計算をしている。
 その間、島崎は俺に対して、ターゲットとの出会いの流れを事細かに説明する。失敗は出来ない。俺は説明されたシナリオを頭の中に叩き込んだ。

 今夜――――実行役としての俺が動き出す。
 佐々木将哉ではない、斉藤祐輔としての俺が始まる。

2009.07.14
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